クルの報い 1
マセルは子供の時分に一度だけクル神の像を思い切り蹴ったことがある。
そのころマセルたちは「決闘ごっこ」に熱中していた。決闘といっても素手で行ういわゆる武闘試合のようなことで、所詮子供の遊びなのだが単なるじゃれ合いとも言えない。どちらかが「まいった」と言うまで続ける。
マセルは強かった。マセルはこの時8歳だったが会衆の中でこの遊びに加わっている9歳や10歳の子もマセルに敵わなかった。
決闘ごっこをしている子供たちはすり傷やあざが絶えなかったが大人たちは凡そ大らかに見守っていた。打ってはいけない部位を教えたり、檄を飛ばしたりした。自分たちも年頃の時分は同じようだった。決闘ごっこは、会衆の男たちにとっては懐かしい通過儀礼のようなものだった。
「マセルは他の子と違って本当に真剣だ、だからみんな敵わない」
「まるで負ければ命がないかのようだ」
会衆の者たちはマセルの闘いぶりをそう評した。もとよりマセルたちの年齢では力や技量に大きな差はない。マセルは少し純粋すぎるところがあって、遊びだというのに決闘という言葉の響きを文字通りに捉えすぎていたのかもしれない。常にがむしゃらに向かっていくし、絶対に「まいった」と言わない。それで他の子供たちは次第にマセルの相手をしなくなった。
だが、同い年のリギルだけが諦め切れずにまだマセルに挑んでいた。ふだんは一番仲が良いのに、決闘の時ばかりはリギルは対抗心をむき出しにしてかかった。もちろんマセルも一切手加減せず立ち合った。リギルは今日もまた地べたに押さえつけられたまま「まいった」と言ってしまった。
地面に座ったままのリギルを立ち上がらせようとマセルが手を伸ばしたがリギルはそれを掴まずじっと俯いていた。
「リギル、もう帰ろう?」
マセルは少し困惑して促した。しかしリギルは動こうとせず
「いいよ、先に帰れば」
と鋭く言った。今までリギルはこんな態度を取ったことがないのでマセルは泣きたいような気分になった。ふたりともじっと動けず黙っていた。