もみじ町にて、春を詠む
すみれ町には、矛盾俳句の会という、ふしぎな団体がある。
俳句の会と名のりながら、会員が詠むのは短歌ばかり。それも、わざと矛盾した短歌である。題と歌が食いちがい、歌の中の言葉どうしも食いちがい、ときには作者名まで食いちがう。それでいて、一首としてどこかまとまっている。そんな歌をつくるのが、会の楽しみなのだ。
そのすみれ町に、テレビがやってくることになった。
毎年十月のおわりに町で開かれる秋の文芸展覧会を舞台に、人気番組がコラボし、まるごと収録するという。ゲストは、辛口の添削でおなじみの、あの女性俳人の先生である。進行役には、和服すがたのアイドルが一人つくそうだ。
町じゅうが浮き足だったが、役場の担当者だけは、青くなった。近年、人口減少が続くすみれ町では、展示する俳句も、会場を埋める観客も、まるで足りない。
困ったあげく、その担当者は町内の文化団体の名簿を一通りながめたあと、活動歴がもっとも長い、とある団体に相談した。その団体はなぜか全国に会員を数百名抱えるといい、応募作の募集も観客席の動員も、まとめて引きうけてくれたが、これが矛盾俳句の会であった。若手の担当者は会の活動趣旨をよく聞かずに、俳句の会なら安心だ、と思った。
思いもよらないオファーを受けて、会員たちは色めきたった。念願のテレビ出演である。
そして収録の日。
毎年恒例の文芸展覧会の会場となる町営の文学館は、古い洋館を改装した建物で、中庭には、明治時代にこの地で生まれ活躍したという俳人の碑が立っている。矛盾俳句の祖とされる人物で、この場所は、全国の会員にとっては聖地になっていた。碑を囲んで、コスモスが一面に咲いていた。和装の婦人たちが秋風に袖を揺らし、涼しい顔をして行き来しているが、みな、矛盾俳句の会の会員である。
大広間の壁には、今年のお題「コスモス」で寄せられた短冊が、ずらりと掛けられていた。俳句の先生がその前を一枚ずつ歩き、公開で採点する、それが番組の山場だ。客席は、最前列から立ち見まで、全国からかけつけた会員と、その家族と、親戚で埋まっていた。
やがて収録本番がはじまり、カメラが回った。
番組のお決まりで、採点はまず、出演者の一句からはじまる。進行役のアイドルが、自分の短冊の横に立って、にっこり笑った。
コスモスや ずっと見てたい 一瞬を
先生は、銀ぶちの眼鏡を指で押しあげた。
「……はい、月並みの、凡作です」
自慢の作品をばっさりと切り捨てられ、アイドルは笑顔のまま固まった。
先生は構わず続ける。
「『や』で切っておいて、そのあとが『見てたい』。いきなり口語です。せっかくの切れ字が泣いていますよ。それに『一瞬を』で止めて、そこまで見たいのがいったい何の一瞬なのか、どこにも書いていない。これでは気持ちが伝わらない。もはやこれは俳句ではありません。歌詞、いやポエムです。カラオケの画面にでも流しなさい」
カメラの後ろでスタッフたちが、わはは、と声をあげてわざとらしく笑った。
観客にも、笑う場面ですよ、と促しているのだ。
ところが、今日の客席の反応は、いつもとちがった。
「うーむ……」
あちこちで、低いうなり声があがった。
「ずっと、と、一瞬、だと……」
「天才だ」
「矛盾をみごとに織り込んでいる」
客席の会員たちは顔を見合わせ、何度もうなずいている。アイドルはきょとんとして、反応に戸惑っていた。先生は首をかしげたが、すぐに次の短冊へ歩いていった。
題「春の海」
コスモスの 花ふる雪の 夏まつり
枯葉にとまる 初桜かな
「これは、事件、いやクーデターです!」
読み上げるやいなや、先生の大音声が、会場にひびいた。
「まず、俳句ではありません! 短歌ですよ。下の七七が、まるごと余計。字余りどころか、十四音も余っている。そのくせ結びだけ『かな』にして、最後の最後で俳句のふりをしている。まったく白々しい、図々しいにもほどがある」
先生は赤ペンを抜くと、短冊の七七に、ためらいなく二重線を引いた。
「中身はもっとひどい。題は『春の海』。なのに、海がどこにもありません。コスモスに雪、夏まつり、枯葉、初桜。季重なりどころか、春夏秋冬が一句の中で、いや一首の中で、取っ組みあいのけんかをしている。季語の玉突き事故。矛盾だらけ」
おおっ、と客席から声があがった。詠み手らしき最前列の老人が、ぱっと顔をかがやかせて、となりの婦人と手をにぎりあって喜んでいる。
先生は、眉をひそめた。
続く二枚目は、まっ赤な短冊に、黒い墨で書かれていた。
題「白一色」
白き花 赤く咲きたる コスモスの
黄色き青を 黒しと見つむ
「また短歌。七七は切りなさい。何度言わせるんですか」
先生は、天をあおいだ。
「題は白一色。なのに短冊はまっ赤。歌に出てくる色は、白、赤、黄、青、黒の五つ。白い花が赤く咲いて、黄色い青を、黒いと見る。目がちかちかします。矛盾の上ぬりの、そのまた上ぬり。わたし、この短冊の前に立った瞬間、頭痛がしました」
客席の一角から、おおきな拍手がおこった。
「ほめているのではありませんよ!」
先生が一喝すると、拍手は止んだが、かわりに、すすり泣く声が聞こえた。作者の青年が、感極まった様子で、ハンカチで目をおさえていた。
三枚目。
題「真夜中」
あさやけの 夕日しずめる まひるどき
夜ふけの空に コスモスまぶし
「これも短歌。題は真夜中。それで、朝焼け、夕日、真昼、夜ふけ。一首の中で、一日がひとまわりしています。時計が壊れているんですか。おまけに、夜ふけの空にコスモスがまぶしい。夜ふけの、どこに、光があるんですか。宇宙だとしても、まぶしいのは星のはずです。どこからどこまで矛盾している。今日いちばんの、いいえ、今年いちばんの矛盾です」
会場は、割れるような喝采と拍手につつまれた。
先生は、客席をふり返った。
「みなさん。わたしは、矛盾をけなしているのですよ」
拍手は、けたたましいほどに大きくなり、ついには指笛も加わった。
四枚目。作者名の欄には、「よみ人しらず」とあるが、そのとなりには、ていねいに本名と住所が書きそえてあった。
題「コスモスは詠まない」
コスモスを 詠まぬと決めた この歌の
一句目にもう コスモスがいる
先生は、しばらく何も言わなかった。赤ペンを持った手が、宙で止まっている。それから、つかれきった声で言った。
「どこから直せばいいのか、わかりません。詠まないと題でことわっておいて、一句目でもう詠んでいる。しかも歌のほうが、それを自分で白状している。よみ人しらずと書いて、本名と住所まで書いている。ここまで来ると矛盾の三段がさね、矛盾のミルフィーユ。添削、放棄します」
作者の老婦人が立ちあがり、カメラに向かって深々と頭を下げた。客席からは拍手喝采がとまらない。
先生は、眼鏡をはずして、目がしらをもんだ。
最後の一枚は、壁のいちばん奥に、ひっそりと掛けられていた。題はなく、たった一行。
コスモスや 風のゆくへを 雲に問ふ
先生は、短冊を二度、三度と読みかえした。どこかに矛盾がないかと、目を凝らして、さがしているようだった。
しかし、どこにもなかったらしい。ほっとした先生の顔に、今日はじめて、笑みがうかんだ。
「五七五。季語はコスモスひとつ。切れ字の『や』で、景色がすっと立ちあがる。色も時刻も、よけいなことは何も言わない。そして、矛盾がどこにもありません。お見事。必要十分、過不足なし、短歌でもない、きちんとした俳句です。こういうので、いいの。今日の特選は、文句なしにこの一句です」
その瞬間、客席がわあっといっせいに立ちあがった。これまででいちばん大きな拍手と喝采と指笛が、まるでサッカーのスタジアムのように大広間をゆるがした。
先生は、ようやく胸をなでおろした。
「みなさんにもやっと、わかっていただけましたね」
作者が名乗りをあげ、先生のとなりにまねかれた。白髪の、品のいい老紳士だ。紳士は、カメラと先生に、深々と頭を下げた。
「おそれいります。わたくし、矛盾俳句の会、八代目の会長でございます」
矛盾俳句。はじめて聞く単語に、先生は、目をぱちくりさせた。
「これまで矛盾した短歌しか出さなかった会が、矛盾のない俳句を出す。わが会はじまって以来の、最大の矛盾でございます」
拍手は鳴りやまず、先生のあげた驚きの声を、たやすくかき消した。
しばらく先生は呆然として立ちつくしていたが、アシスタント・ディレクターに促されると、気を取りなおしたように、筆をとった。番組のしめくくりは、先生のお手本の一句と決まっているのだ。
短冊をさらさらと書きあげると、先生は、壁のいちばん真ん中に掲げた。
ふるさとを 覆うコスモス 田の形
文句のつけようのない、達人の一句だ。
大広間が、しんと静まりかえった。
誰かがつぶやく。
「......矛盾が、ない」
一瞬の間をおいて、進行役のアイドルが立ちあがって手をたたいた。
「すごーい!」
そして観客にも拍手を促そうと、客席を振り返った次の瞬間。
猛烈なブーイングがわきおこった。
深いためいきがあちこちでもれ、怒号、絶叫、どこかで女性の悲鳴があがった。声をあげておいおいと泣きだす者、頭をかかえてうずくまる者。扇子が飛び、パイプ椅子が倒れ、和装の婦人たちが袖をふりみだして客席から通路へなだれこんだ。会長が両手をあげて何か叫び、弁慶の立ち往生のごとく、その場で立ったまま失神した。
阿鼻叫喚の地獄となった収録会場で、ただ一人、きょとんとした様子のアイドルだけが、ずっと拍手をつづけていた。




