宇宙船・棺号
「日の下に庇護を求め、影を恐れる愚昧な人間どもよ。常命の価値なき魂にとって、最も真祖に近き純血の吸血鬼……このリエル・アルテン・ミューエルの眷属となる事こそが至上の誉れとなるだろう」
衆目の中、私は手をかざし、そう高らかに宣言した。
「はい。技術顧問兼操船手のリエ・スズキ博士による歓迎の挨拶でした」
「どうも、スズキです」
艦長であるマイケル・コッパー少尉による紹介を受け、私は先ほどの演技をあっさりと捨てて普通に挨拶した。
上役の紹介を兼ねた新人歓迎会。
挨拶した私に、新米のクルー達は拍手で応えてくれた。
次のクルー紹介に場を譲ると、後々に行われる乾杯のために白い液体の入ったコップを受け取る。
程なく紹介が終わり、乾杯が行われた。
すると、歓迎会に参加していた人々が思い思いに行動を始める。
その場から動かずに飲み物を飲む者、用意された料理に手をつける者、クルーへ個人的な挨拶を行う者、などいろいろだ。
私は紙コップに満たされた液体……人工血液をちびちびと飲む。
なんとも言えない味に思わず顔を顰める。
栄養素的には本物と違わないが、実際に飲む者としては物足りないと感じてしまう。
牛乳に例えるなら、生乳と低脂肪乳飲料くらいの差を感じる。
これなら牛乳の方がよかったかもしれない。
牛乳に例えてしまったのは、私が口にできる数少ない食物な事もあったが。
初めてこれを飲んだ時……。
「何で白いの?」
「知ってるか? 母乳ってのは、血液に近いんだぜ。赤血球が入ってないから白いだけで」
「知ってるけど」
というやり取りを交わした経緯を思い出したからだ。
美味いものを食べなくとも生きてはいける。
とはいえ、人はパンのみで生きているわけではないという話もある。
栄養から考えてこれの方がいいのだけれど、味を考えると牛乳の方が幾分マシである。
最悪、家族から提供してもらっているやつを飲もう。
そう心の中で決意する。
などと思っていたら、私の前に一人の新人クルーが訪れた。
「あの……」
「こんにちは。えーと」
まだそばかすの残る顔を見ると、脳波から意図を汲み取った情報端末が彼のプロフィールを表示する。
情報端末はコンタクトレンズの形をしており、眼球に装着して使用する代物だ。
内蔵式の端末と違って精度は劣り、たまに意図しない情報を表示する事もある。
しかし、身体の中に機械を仕込むという事に抵抗のある私は、その不便を甘んじて受けていた。
「ヴィンセントくん?」
「はい! 今日付けで配属になりました! ヴィンセント・ユグノーです!」
不自然に張られた声から、彼が緊張している事はわかった。
「よろしく。それで、何か質問が?」
話をしやすいようにこちらから問いかける。
「は、はい! リエ博士は本物の吸血鬼なのですか?」
「そうだよ」
口の端を引っ張って、笑顔で尖った牙を見せる。
「やっぱり……! 本物の吸血鬼に会ったのは初めてです」
そういう子がいるのも無理は無い。
吸血鬼という存在が一般に認知されるまでになったのは、ここ最近の事だ。
ほんの百年程度前ぐらいの事である。
それまで吸血鬼は、闇の中で生きてきた。
それは日の光に嫌われた種族的特徴のため、直接的な意味合いでの事であり。
歴史の闇という意味合いでの事でもある。
「あの口上はびっくりしましたけど」
「ウケがいいんだよ、あれ」
まだ吸血鬼のイメージは、現実と伝説の合間にあると言っていい。
そういう認識の中にいる人にああいうパフォーマンスをすると喜ばれる。
喜び具合を見るに、彼はその虚実入り混じるイメージに強い興味があるのだろう。
「真祖に近いというのも本当ですか?」
「年上がほぼほぼ死んでるから、私が本当に一番古い吸血鬼でもおかしくないよ」
「どれくらい長生きなさっているのですか?」
お、デリカシーがちょっと足りないぞ。
「詳しくは憶えてないけど。カール大帝は実物を見たよ」
「カール大帝……」
少しの間がある。
恐らく、情報端末で調べているのだろう。
「フランスの偉人……。日本の出身ではないんですか?」
「帰化したんだよ。国籍とかない時代だったから、手続きはしていないけど。さっきの口上で名乗ってたの、昔の名前」
使い慣れない名前のはずなのだが、今でもすらすら名乗れるのは本名という思い入れが強いからだろうか?
「緊張、解けてきたね」
「リエ博士が話しやすい人だったから。吸血鬼ってもっと、えーと……」
「ははは、尊大な性格だと思った?」
問いかけると曖昧な苦笑いを返される。
「そういう吸血鬼は淘汰されたからさ。そもそも、そういう態度の吸血鬼は一般的な吸血鬼からみておかしい人なんだよ」
自分を貴い者として僭称するのは、狂人の振舞いだ。
ノートン一世のようなものである。
いや、ノートン一世は偉人だと思うけど。
まともな吸血鬼からすれば、そんな振舞いの吸血鬼は「アホか」としか思えない。
しかし、世間へ強烈なインパクトを残したためか、吸血鬼のイメージとしてそういう性格が定着していた。
あと、ブラム・ストーカーのせいもありそう。
実際、そういう者は尽くが討伐された。
そしてとばっちりを受けて、静かに暮らしていた吸血鬼も排斥されたわけである。
私も逃げるように、日本に渡った経緯がある。
そういう淘汰があったためか、吸血鬼は表舞台に出る事がなくなり、伝説上の存在として物語の中でのみ存在するようになった。
生存戦略として権力者と結びつくようになったから、というのも大きい。
権力者は吸血鬼の存在を隠し、その見返りとして吸血鬼達は配下として従った。
「生き残った吸血鬼はさ、影の中で暗躍していたんだよ。たとえば日本だと、忍者として活躍してた」
「そうなんですか!?」
いい反応だ。
これも私の持っている鉄板ネタの一つである。
「吸血鬼の排斥があった頃に私は日本へ逃げて、暮らしていたんだ。そうしたら日本の吸血鬼達からコンタクトがあってね。まだ伊賀とか甲賀とかいう名前で呼ばれてなかった頃だね」
そうして人の社会に比較的順応できていたからこそ、日本には吸血鬼の話が少ないのだろう。
表立つ事はなく、完全に影の世界で生きていたのだ。
「じゃあ、リエ博士も忍者だったんですか?」
「いや、誘いは断ったよ。その時にはもう、家庭持ってたし」
「家庭ですか……」
「こう見えて、私は未亡人だからね。千年以上未亡人してる」
もう二千年過ぎたっけ?
多少、サバ読んでもいいでしょう。
「もしかして、旦那さんは人間だったんですか?」
「そだよ。あ、指輪してないのは当時にそういう習慣がなかったからだよ」
「……旦那さんを吸血鬼にしなかったのですか?」
ああ、ここでも風評被害が。
「血を吸った相手を吸血鬼にできるっていうのは創作。吸血鬼は生まれながらの者しかいないよ」
その時には日本にいたので詳しくわからないが、ペストや狂犬病の症状からそういうものと混同された可能性が高い。
感染症の特徴から、仲間を増やすと思われたのだろう。
……本当に、そういう能力があればよかったんだけどな。
「吸血鬼にあるのは、太陽に弱い肌、液体しか受け付けない消化器官、長い寿命、精神的な感応能力、あとは強靭な筋肉繊維と鋭い反射神経。それくらいかな。あとは創作」
招かれないと家に入れないという事はないし、水の上を渡れないというのもない。
こういう弱点めいたものは、吸血鬼の存在を隠すための情報操作だったのだろう。
条件に当てはまらなければ、吸血鬼ではないという認定が容易になる。
吸血鬼という存在は、虚構と現実の合間に生きている。
忍者もまた、怪物扱いされていないだけでフィクションの住人に片足を突っ込んでいる。
吸血鬼というのは、どこまで行ってもそういう扱いを受ける種族なのだろう。
「そうなんですか。あの、鬼狩りを生業とする侍と戦ったりしたんですか?」
「んー、私はないかな。創作じゃないかな?」
別に太陽光を浴びても蒸発なんてしないし。
お肌がヒリヒリするくらいだ。
そういえば昔、うちの子にデラックスな刀のおもちゃで花瓶ぶっ壊された事があったな。
懐かしい。
私が乗艦している船は、棺号という宇宙艦だ。
宇宙という海を行く船である。
名前の由来は私がこの艦の基幹となっているからというのが強く関係している。
設計、コンセプト、あらゆる要素が私ありきというものであるため誰かがそのように冗談めかして言ったのだ。
名づけに対して熱意のなかった私は、そのまま正式名称として採用した。
クイーンバンパイア号という案も出たが、自己顕示欲が強いと思われるのは恥ずかしかったので却下した。
そもそも、実験的な試みとして造られた船である。
凝った名前をつけるのは労力の無駄だ。
全長250メートルの船で、総員20名程度という比較的少ない人員で構成されている。
その殆どが兵器とバーニアに割かれているためである。
主砲となる粒子砲の方がクルーの居住区よりも圧倒的に大きく、船というよりも巨大な銃器に居住区が乗っているという構造に近かった。
戦闘機の格納庫もなく、対艦戦のみに特化した船である。
クルー達もその役割の殆どは整備のためのエンジニアだ。
マイケル船長を含めたブリッジのクルーは五名と少なく、戦術を担う者達はこの五名だけである。
通常の戦艦であれば、航行するだけならともかく戦闘などできない人数だ。
しかし棺号は、その無茶を可能にするための実験艦である。
そのため、今回の戦いにおいて私達は軍事作戦にある艦隊の末席に身を連ねていた。
そこで何度かの戦いがあり、結果を出したため最低限のクルーからさらに人員が補給され、新兵を迎える事になったのである。
ベテランを配されない所に余裕のなさを感じるが、整備の手が足りなかったので嬉しくはあった。
少なくとも、これで働き詰めだったクルー達も十分に休息を取る余裕ができる……はずだ。
「索敵艦からの通達。前方に敵艦隊を発見。三十分後に会敵します」
オペレーターからの連絡を受け、私はブリッジに向かった。
ブリッジには既に戦闘要員のクルー達が揃っていた。
それに加えて、本来はここにいるはずのない一人がいる。
気難しい顔で佇む彼女は、軍の兵器開発部に属する人間だ。
棺号計画の立案者であり総責任者。
階級的には艦長より上である。
「ササキ中尉。どうしてここに?」
呼びかけると、彼女の視線がこちらに向く。
彼女は戦術を担う立場ではない。
「責任者として、戦闘は見ておく必要があると思っただけです」
堅い声色で彼女は答えた。
「遅かったじゃない」
声をかけられて見ると、エルフがいた。
そう、耳が長く長寿と言われているあのエルフだ。
名前はルネという。
彼女とは古くからの知り合いで、この船に誘ったのも私である。
彼女の能力が私には、いや、この艦には必要だと思ったのだ。
「そりゃすまないね」
長い耳にはいくつものリングピアスがつけられている。
会話をするとその舌にもピアスを開けているのが確認できた。
首元には、金属の銀色に縁取られた穴がある。
プラグを差し込むためのジャックだ。
サイボーグ手術の中でも一般的な電子装置の埋め込みを彼女は行っている。
それに接続するためのものである。
軽く言葉を交わすと、私は定位置についた。
あらゆる装置と一体化した大きな椅子。
そこに座ると、肘掛に手を置く。
隣に控えていた医療クルーが私の両手へ、チューブに繋がった針を刺す。
「博士、同調剤は?」
「25ミリ」
「わかりました」
半透明のチューブを液体が通っていく。
針を通して私の身体に薬剤が注入されると、徐々に意識がぼやけ始めた。
酩酊に似た高揚感。
椅子の背もたれが傾き、深く身体を預けると、顔をヘッドセットが覆う。
固定するように、冷たい金属の感触が頭を覆った。
完全に仰向けの状態になり、椅子の形状は外から見て本当に棺のように見えるだろう。
その段階になると、意識は混濁に近いものへ変わっていく。
自己というものがあやふやになり、全身が空気に溶けるような感覚に陥る。
目をしばらく閉じ、再び目を開けると、そこには宇宙が広がっていた。
裸で宇宙の真ん中に放り出されたような気分だった。
実際、それは間違いではない。
私は完全に船と同調していた。
本来生身の肉体にないはずの銃砲やバーニアの感覚が、元々身体に備わっていたように思える。
冷たい装甲版もまるで血が通った皮膚のように感じられ、周囲を完全に把握する数百のカメラが私の目になる。
船の操縦を己の感覚のように行える。
それがこの船の他と違う所だ。
複数の人間を経由して動き出す巨体が、たった一人の意思、その咄嗟の判断で成す事ができる。
それだけで機動力は従来の戦艦を遥かに凌ぐ事ができた。
「私の声は聞こえる?」
ルネの声が問いかけてくる。
彼女もまた、この船と繋がっていた。
私と違って、直接首にあるジャックコネクターにコードを差し込んでアクセスしている。
彼女の役割は私のオペレートだ。
私の足りない部分を補ってもらうのが役目である。
「中央艦隊から通達。巡洋艦トネリコ号の先鋒を務めろとの事だ」
マイケル船長の命令が聞こえる。
「了解」
目を凝らして……というより、船体のカメラをズームにして艦隊の中からトネリコ号を探す。
識別機能によりピックアップされたトネリコ号を無数の艦隊の中から見つけ出した。
棺号を前進させ、トネリコ号の前へ出た。
棒銀の様な形で、先行する。
その頃になると、敵艦の姿がブリッジからも目視できるようになったようだ。
マイケル船長から通達がある。
接触まで二分程度だろう。
この時間が一番緊張する。
そもそも私は争い事というものが好きではない。
それでも戦いに関わってきたのは……。
「戦闘に入る」
船長の宣言を受け、私は船を加速させた。
敵は戦艦級。
主砲、副砲、機銃。
あらゆる銃器の照準が、こちらに向けられるのを船体のセンサーが感知する。
巨大で無機質な構造体から向けられる、無数の人間が放つ殺意。
それが一斉に向けられ、皮膚がぴりぴりと刺激されるようだった。
私以外に狙うものがないのだから、妥当な判断だ。
一斉に発射される光の帯を前に、私は直進する。
速度を緩めず、最低限の回避行動ですり抜けた。
二射目も回避すると、もうこちらの砲が届く距離になっていた。
さらに距離を詰め、至近距離で敵艦のブリッジを狙い撃つ。
出力の関係で棺号には主砲だけしかないが、その分高出力である。
司令部を失った敵艦をさらに後方から来たトネリコ号の集中砲火が襲う。
決着まで、ものの数分である。
砲火にさらされ、貫かれた装甲から小規模な爆発が起こる。
それは連鎖し、次第に大きくなり、衝撃に耐え切れなくなった敵艦は、徐々に原形を失っていった。
一つの戦いが終わり、次へ向かう。
次も、その次も、最初の戦いの焼き直しのように、私達は勝利を重ねた。
重ねた勝利が、この戦いの趨勢にどう影響したのか。
軍人ではない私には判断がつかない。
部外者だから聞いても教えてもらえないだろう。
ただ、戦いを終えた私は休息を求めていた。
作戦が終了し、中和剤を打たれた私は元の身体へと意識が戻ってきた。
「おつかれさま」
ぼやける焦点が明確な像を結ぶと、目の前にはルネがいた。
「私の部屋で祝杯でもあげない?」
答える前に、ブリッジを見回す。
戦闘の終了で気が抜けたのか、艦長が椅子に深く座り込んでいた。
彼女はいない。
「功労者だ。博士、行っていい」
艦長からそう言われる。
本当なら、戦闘後の整備が残っていた。
被弾は無くとも、戦闘後の機体には多くのダメージが蓄積しているからだ。
けれど、戦闘後の私はへとへとに疲れていた。
「そうしようか」
私は、艦長の申し出に甘えてルネの誘いを受ける事にした。
艦内の居住スペースには限りがある。
割り当てられる個室は、寝食に必要な空間こそあるが快適とは言いがたい広さだった。
テーブルはなく、椅子だけで膝を突き合わせる形になる。
ルネは自室へ入るなり、スパンッと服を脱いで下着姿になった。
長い付き合いで気安い仲であるが、これを許容できるほど親密な仲ではない。
彼女の身体には、各所にタトゥーが入っていた。
しかしそれ以上に目を引くのは、サイボーグ手術の証であるモールドであろう。
生身と機械の境目として、一目でパーテーションを把握しやすいように金属で縁取られている。
「ビールでいい?」
「ウイスキーとかない?」
「贅沢ねぇ」
言いながら、琥珀色に満たされたボトルを棚から出してくる。
分厚く広いグラスにロックでウイスキーが提供された。
軽くグラスをぶつけ合って乾杯する。
吸血鬼の胃は、液体に関してある程度の寛容さを見せる。
多少荒れはするが、固形物ほどの拒絶反応はでない。
と言っているそばから、私はトイレに駆け込んだ。
胃の腑にあったものを全部吐き出す。
「勿体ないわねぇ」
「同調剤の影響かもしれない」
普段なら、流石に一杯で吐くという事はない。
「人工の強い消化器官に代えてみたら? 強酸にも耐えるって謳い文句のやつ」
「生身に手を入れるのは抵抗があるんだよ。君は、ずいぶんとあっさり捨てたみたいだが」
「技術が出始めた頃はもう生身に戻れないと言われてたけれど、今は違うでしょう? 生体組織の再生技術が進んで、戻ろうと思えば生身に戻れる」
そう言って、彼女は自分の耳を撫でた。
人に溶け込むため、彼女は一度耳を切っていた。
かつては丸く整形されていた耳が、今は昔と同じ尖ったものになっている。
「捨てても拾えるのよ。軽く試してみるのもいいんじゃない?」
捨てる、か……。
耳のように、彼女は人の世を渡るためいくつも捨ててきたんだろう。
「気持ちの問題だよ」
頑固ねぇ、と笑ってルネはウイスキーに口をつけた。
「君が柔軟すぎるだけなんだよ」
「だから今、ここにいるのよ。AV女優から戦艦のオペレーターに転身なんて、他にいるかしら?」
彼女は持ち前の美貌と淫蕩さを武器に、一世を風靡したAV女優だ。
いや、今も現役で人気女優か。
デビューしてから二世紀以上。
容姿が変わらな過ぎる事で不信がられ、エルフだとカミングアウトして種族全体の存在が露見したのは笑い話である。
なし崩し的に他の長命種についても知れ渡った。
彼女と直接的な知己であった私は、交友関係から煽りを食らった一人である。
あの頃はマスコミに追われて大変だったな。
「この艦の操縦だって、生身に拘らなければもっと直接的にできるんじゃない?」
脳に直通で繋げという事か。
「それはそうなんだけれどね。今まで、こういう技術が発展しなかった理由ってわかる?」
「わからないけど」
機械に直接脳を繋いで操縦するという技術は存在する。
家電や車を念じるだけで操作する技術は一般にも普及していた。
けれど、この船の場合は話が違ってくる。
操作と一体化は違うのだ。
「負荷が大きすぎるんだよ」
大きければ大きいほど、操縦に必要となる工程と処理情報が増える。
「本来、人が身体を動かす上で必要となる脳からの指令信号を別の動作へ変換し、船を自分の身体として操作する。
動力などの管理を自律神経が担い、船体装甲を皮膚としてセンサー類を五感に分類する。
で、人が本来持つ外部へのセンサーには、痛覚も含まれているわけだけど」
「なんとなく言いたい事がわかったわ。船体へのダメージが入ると、生身以上に痛い思いをするって事でしょ?」
「簡単に言えば。
キックバックが大き過ぎる。
バックファイアに耐え切れず、脳が焼ききれる可能性がある。
そもそも、本当の身体ではない物を本物だと脳に思い込ませるのが無茶なんだよ。
ただでさえ同調するだけでも負荷は大きいし、本来なら存在しない器官まで存在する」
「センサー類にリミッターをつければ?」
「そうするとこの技術の有利性が損なわれる。感覚的な操作によって、通常ではありえない機動性を確保しているわけだから」
操縦は関わる人が少なければ少ないほど、突発的な挙動が取りやすくなる。
操作性も向上するという事だ。
小さいとはいえ、棺号ほどのサイズでも多くの人間が操縦に関わっている。
艦長の命令があり、オペレーターがその情報を館内に拡散、操船手が艦の進路を定め、砲撃手が敵艦を狙い、エンジニアが動力炉の出力管理をする。
最速で判断を下しても、動き出すまでに多くの人の手を解するためどうしても行動までに遅延が発生する。
対して、戦闘機などの一人乗り兵器は一人の判断で機敏な動きを見せる事ができる。
棺号はこれに近い。
船体の大きさは違えど、棺号は艦を戦闘機並みの機動力で運用できるという利点があるのだ。
「それの操縦を反射速度に優れる吸血鬼が担えば、もっと有用ね」
「まぁ、そういう事」
「で、この話はどこに着地するのかしら? リミッターを使えば有利性が損なわれるから、脳への接続を行わず皮膚接触からの接続で操縦するって話よね? でもそれって、どうしてもラグが出るし、実質はリミッターを噛ませてるのと同じじゃない?」
専門家でもないのに、よくもそんな質問が出てくるもんだ。
エルフには特有の聡明さが備わっており、彼女もそれに漏れないのだ。
「そのための同調剤だ。これは皮膚接触による接続の補助と同時に、吸血鬼特有の精神感応能力の増幅も兼ねている」
この精神感応能力というのは、本来なら他者に対して発揮される能力だ。
吸血鬼の額には音波を発生させる器官があり、それに加えて眼球も相手を催眠状態にし易くするための模様が浮き上がったり、光の明滅を起したりという機能を持っている。
ここでメインとなるのは音波の方だが、同調剤にはそれを自身に作用させるよう機能させる役割がある。
「吸血鬼の精神感応能力というのは、催眠術の強力なものだと考えてほしい。
主な効果は、幻覚、幻聴、各種感覚器官の混乱などがあげられる
この感覚器官の混乱というのは、感覚の誤認と考えてもらっていい」
「感覚の誤認? 具体的にどうなるの?」
「簡単に言えば、右手を動かそうとするとして左手が動くとか」
「ゲームコントローラーで、決定ボタンが『A』のゲームをやった後に決定ボタンが『B』のゲームやった時の感覚みたいな感じ?」
何でそんな解りにくい例えを出したの?
私は適当に「多分そう」と答えておく。
多分、彼女の理解は間違っていないだろうから。
「実の所、船の操作そのものにはアナログの技術も使っているんだ。あのチェアの肘置き、握りの部分にはいくつかの操作コンソールが設置されている。私は精神感応能力によって、その操作を直感的、感覚的なものとして認知しながら行っている」
「感覚のトレースと見せかけて、実はトレースしていると自分を錯覚させながらアナログ操作をしているという事ね」
「まぁ、そういう事だね。アナログというものは、単純な分動作も速いんだよ」
私はウイスキーを一口呑み込んだ。
カッと燃え上がるような熱さが喉を通っていく。
心地の良いひりつきが後には残った。
「このシステムを使えるのは、吸血鬼だけ?」
「今の所は……。人は進んでいくもの。有用であるとわかれば、きっと実用的な改良を成功させるだろう。でも、このシステムを最大限に活用できるのは吸血鬼だけだ」
「どうしてそう思うの?」
「吸血鬼が持つ、一番の有利性はどういう部分だと思う?」
質問へ質問で返す。
けれど彼女は不快感を表すでもなく、平然と答えた。
「怪力かしら? 昔、企画もので吸血鬼の女の子と絡む事があったけど、張子がべっこんべっこんに――」
「感覚の速度だよ」
彼女の言葉へ被せるように答えた。
「吸血鬼の知能はただの人間とほとんど違いはない。でも、知能を生かすジャンルでは吸血鬼の方が圧倒的に有利だ。何故だかわかる?」
「……先に言った事が答えなんじゃない? 感覚の速度が違う」
「その通り」
彼女には説明するまでも無いだろう。
感覚の速度が答えだ。
集中すれば、吸血鬼の体感速度は周囲がスローモーションに感じるほどのものとなる。
同じ時間の流れでも、人間より多くの事を考える事ができるし、周囲の機微に気付く事もできるだろう。
スポーツの用語にあるゾーンを種族として標準的に獲得しているというのがわかりやすいかもしれない。
それは吸血鬼にとって最大の武器だ。
これがあるからこそ、吸血鬼は今まで生き残る事ができたと言える。
「なるほどねぇ。知らなかったわ」
ルネは納得した様子で言葉を漏らす。
話をする機会があっても、猥談ばかりになっていたからね。
主にルネのせいで。
ちなみに、エルフは人間の基準において最低でもIQ180の知能を備えているらしい。
恐らく事実だろうし、彼女は特に頭が良い方だ。
だからこそ、私はこの船のオペレーターとして彼女を呼んだ。
「だから、相手側がこのシステムを解析して使うようになれば、吸血鬼同士の戦いになるかもしれない」
「宇宙吸血鬼対決ね。勝手に戦え、って感じだわ」
「そうだね。このシステムを開発した事で、私は同胞を戦いの場へ駆り出す事になるかもしれない」
「それを気に病んでいるの?」
首を振って否定する。
「あんまり。私は同族に思い入れがないんだ。いつも人間のそばで暮らしていたし、関わる事も少なかったから」
「ふぅん。ところで、新しい彼氏は作らないの?」
ルネは唐突に話題を変えた。
「どうしたの、急に?」
「私、そういう話の方が好き」
まぁ、そうだろうな。
「あの人以外……考えられないよ」
私にとって唯一の夫を思い出して答える。
「吸血鬼って妊娠しにくいのよね?」
なんか会話がよく飛ぶな。
「そうだけど」
「あなたに三人も子供作らせる旦那って多分ロリペド野郎よね」
「殺すで?」
私の綺麗な思い出を着色するんじゃないよ。
そこから会話が、ちょっとエッチなルネの恋愛事情に移った。
「エルフだって繁殖能力低いでしょう? それでも子供いっぱいいるよね、君」
「それは私がスケベだから」
「ああ、そう」
「ちょっと前に交際してた相手なんだけどさ。実は私の子孫だった事が判明したのよね」
彼の実家にお邪魔した際、大祖母として登場したのが自分の孫だったらしい。
エルフはクオーターまで長寿の特徴が残るので、数百年ぶりの再会で年老いてはいても元気だったそうだ。
「エッチの相性いいから結婚しようかなって思ってたらこれよ」
「えぇ、そこそこひく……」
「子孫っていうくらいだから、何代も世代重ねてるのよ? だったらほぼ他人よ」
「バカみたいに盛って子供残しまくるからそうなるんだよ。このハーフエルフ量産装置め」
アルコールが回り、ルネの馬鹿馬鹿しい話を聞いていると気分が次第に高揚し始めてきた。
ルネが出来上がり、私相手にエッチな雰囲気を出し始めたので逃げるように部屋を退散した。
その判断が下せるだけの理性が私に残っていたのは幸いである。
自室へ戻る途中、一人の女性に出くわした。
彼女は廊下に設置されたベンチへ身を預けており、その手には湯気のたつ紙コップを持っていた。
呆けた様子で中空を見つめている。
「お疲れ様。ササキ中尉」
「スズキ博士」
彼女は私を見つけると、ぎこちなく笑顔を作った。
そこからはほんのりとした疲れが見て取れる。
「お仕事終わった?」
「はい。一息ついて、部屋に戻ろうと思っています」
「コーヒーを飲むと眠れなくなるよ」
紙コップに入った液体を見て、私は口を出す。
「そうなんですけどね。仕事終わりは、いつも気が立ってしまって。コーヒーを飲むと、落ち着くんですよ」
言って、彼女はコーヒーを口に含んだ。
多分、気が立っているのはそれだけじゃないだろう。
戦闘もあったのだ。
緊張も普段より強いはずだ。
「仕事が終わったなら、もう気を張らなくてもいいんだよ。チエちゃん」
「そう……だね。お祖母ちゃん」
彼女は親しみを込めて私をそう呼んだ。
何代も経てはいるが、彼女の言う事は正しかった。
正確には、いくつも「曾」の文字が重なるほどに遠い血縁ではあるが。
彼女が私の子孫であり、交流の深い家族である事に違いは無かった。
代を重ね、彼女にはもはや吸血鬼としての特徴が一切残っていなかったとして、私にとって可愛い孫の一人である。
私はずっと、家族との繋がりを持ちながら長い人生を渡ってきた。
人との関係はうまくいく事ばかりでなく、完全に関係を絶ってしまった家族もいる。
その子達が今どこでどうしているかはわからない。
そういう関係もあるからこそ、こうして今も交流のある家族は可愛くて仕方がなかった。
私にできる事があるなら、何でもしてやりたいと思っていた。
今、ここで戦いの世界に身を投じる事になっているのも、家族に寄り添った結果だ。
私が研究者になったのは、昔から好奇心が旺盛だったからだ。
どれだけ長く生きても、新しい発見は尽きない。
いくつも発見があって、人の生活は本当にめまぐるしく進歩していく。
次々に見た事も聞いた事もない仕組みが現れて、新しい技術が発明される。
本当に、瞬く間だ。
そうして人類の文明が発展していく様は、見ていて飽きなかった。
が、ある時ふと思った。
その最前線にいたい、と。
実際に研究職へ着いたのは、家族が私の手を離れて久しかった頃。
すぐになろうとしなかったのは、時期が悪かったからだ。
女に学びが必要とされない時代もあった。
そういう時代にあえて逆風を受ける気はなかった。
風潮が緩やかとなり、まだ情熱があったから研究者になった。
いろいろな発見をして、いろいろな技術を私も開発した。
そうして夢中になっている間に、いつの間にか情勢は物騒なものに代わっていった。
「今地球人類は危機に瀕している」
とは政府の言である。
日夜、人の意識の隙間へ入り込むように余念なく広報が続けられている。
同族同士でよくもやる、と私自身は少し呆れていた。
人類の危機と言っても、どちらも同じ種に違いないのだから存亡には関わらないというのに。
そんな私の考えは他所に、政府の広報が事実かどうかはともかくとして、千恵はそれを信じたのだろう。
自分の能力を役立てたいと、軍へ志願した。
兵器開発に従事していた彼女は、やがて私に支援を要請した。
きっかけは私が作った感覚のトレース技術。
吸血鬼特有の精神感応能力をヒントに開発したものだ。
本来は義体に触覚をつける程度のもの。
既存の技術ではあったが、さらに精度は高く、そして何よりも幻痛も克服できるという画期的なものだ。
本来は投薬と催眠療法、それに適した義体を用いる医療に近い分野の技術だった。
その技術が別の人間によって、さらに開発が行われ、あらゆる分野に拡散、応用が行われ……。
車体と感覚をリンクするというレースカーが開発され、吸血鬼のドライバーが大会で圧倒的な記録を打ち立てて優勝するという事態が発生した。
軍がその功績に目をつけ、さらに血縁者である千恵との繋がりを利用して私を招致した。
そうして棺号の試作が行われ、その結果が良好である事から、実質的な発案者とされた千恵は異例の若さで出世する事になった。
軍としては私との繋がりを強固にしておきたいという思惑があったのかもしれない。
「無理をしないように。忙しいのはわかるけど、休める時はちゃんと休むんだよ」
「もう、わかってるよ。いつも同じ事言う」
少々疎ましそうに、生意気な孫の顔を覗かせて千恵は返した。
それからしばしの間、家族としての時間を過ごし、私達は互いの部屋へ帰っていった。
吸血鬼が認知されて、百年近く経つ。
それでも、ヴィンセントくんのように吸血鬼と間近に接した事のない人間も珍しくはない。
存在が知れ渡ったとしても、そもそもの数が少ないからだ。
吸血鬼の出生率は低い。
長寿だからそれでも絶滅危惧種とされるほど少なくはないだろうが、この時代まで生き残った吸血鬼達は皆、目立たずに生きる事を好んできた者達ばかりだ。
人間だと偽って暮らしている者もいるだろう。
そういう理由もあって、社会で活躍する吸血鬼は多くない。
活躍したいとも思っていないだろう。
だが、これからそうもいかなくなるかもしれない。
棺号の技術が広まれば、吸血鬼はようやく日の目を見る事になるかもしれない。
そうせざるを得なくなる理由を作った私は恨まれるかもしれない。
でもどうでもいい。
私にとっては、同種の絆よりも家族の絆の方が大事なのだから。
……いや、日の目を見るという言い方はおかしいかな。
宇宙は見果てぬ夜の航路だ。
どこまで行こうと、吸血鬼は夜の中にいる。
永遠の夜が続くこの場所は、これ以上なく吸血鬼に相応しい場所だろう。




