窓際は人気だね
ピピピピ、と喧しいアラームを止め体を起こす。眠気の纏わりつく重い体を無理やり動かしカーテンを開けると、眩い朝日が全身を照らした。
グッ、と体を伸ばして二度寝の誘惑を断ち切る。今日は流石にそんな事をしている暇はない。
学生寮とは思えない、高級ホテルのスイートルームのようなこの部屋は、僕一人で住むには広すぎるが、今後の事を考えると寧ろ狭いのかもしれない。
今日から僕が通うのは、武姫姫士専門学校、通称キキ専。
武姫とは武具に変身する事のできる女性の事で、姫士とはその武姫を扱う事のできる人の事だ。
僕は姫士としてキキ専に入学する。
因みに、武姫は女性の五千人に一人、姫士は男性の百人に一人の確立で生まれる。人口の男女比は約1:1000なので、姫士は十万人に一人の確立という事になる。
まあ、姫士に生まれたからといって、僕が偉い人間という訳ではない。大事なのは姫士として何を成したか、だ。なんて、カッコつけておく。
それはさておき、リビングに行くとテーブルに朝食が用意されていた。今日の朝食はトーストに目玉焼きを乗せた物のようだ。
「おはよ、アーク。今日はちゃんと起きられたのね」
鈴を転がしたような聞き心地の良い声でキッチンから声をかけて来たのは、僕の幼馴染であり、武姫としてキキ専に入学するシノア・セルージュだ。
燃え盛る炎のような赤い髪をポニーテールに結わえ、紅玉の輝きを放つ切れ長の瞳が特徴的な整った顔立ちは、やや勝気な印象を受けるだろうか。
身長は僕より10cm程高い170cmで、均整の取れた体つきは男の僕から見ても羨ましくなる程美しいシルエットをしている。
既に制服に着替えており、紺のブレザーと白とグレーのチェックのプリーツスカートが良く似合っている。
スカートの裾とニーハイソックスの間に僅かに覗く太ももは、程よく引き締まりつつも、ソックスによる締め付けが瑞々しい肉感を強調する。
見慣れた彼女の新鮮な格好は僕の眠気を軽く吹き飛ばしてくれた。
「おはよう、シノア。制服似合ってるね」
「はいはい、そういうのはいいから。早く食べなさい」
本心だったのだが、軽く流されてしまった。いや、正面に座った彼女の耳が赤くなっているので照れているのだろう。
ここでそれを指摘すると本当に拗ねてしまうので、見なかった事にする。
生まれた時から共にいた彼女とはかれこれ十五年の付き合いだ。それくらいはわかる。
「緊張してる?」
僕がなかなか手を付けないのでそう思ったのか、シノアは可愛らしく首を傾げる。
「ううん。ネクタイ曲がってるな、と思って」
「んなっ! もー、ちゃんと確認した筈なのに。なんでリボンじゃないのよ」
初めてのネクタイに悪戦苦闘するシノアはもう少し眺めていたいが、あまり時間の余裕はない。
席を立ってシノアの隣に回る。
「ほら、こっち向いて。直してあげるから」
座っているシノアのネクタイを直す為に少し屈むと、必然的に顔が近づく事になる。
紅の瞳はジッ、とこちらを見つめ、瞼に遮られた。ぷるんとした桜色の唇が少し突き出される。
柔らかいその唇に、僕は人差し指で軽く触れる。
「今はダメだよ。夜にね」
「わ、わかってるわよ! 別に期待なんてしてないから!」
ボン、と音がしそうな勢いで顔を真っ赤にしたシノアは、フイッ、と顔を背けてしまった。肩がぷるぷるしていてかわいい。
ネクタイを直すと、聞こえるか聞こえないかギリギリの大きさでシノアはありがと、と呟いた。
「どういたしまして。夜にはちゃんとしてあげるからね」
「それはもういいわよ! バカ!」
ぺしん、と僕の肩を叩いたシノアはトーストを口に詰め込んで、食器を持ってキッチンに駆け込んでしまった。
ちょっとからかいすぎたかもしれないけど、かわいい反応をするシノアが悪いと思う。うん、僕は悪くない。
そんなこんなで、僕もささっとトーストを食べ終えた。
「洗い物はやっておくから、アークは着替えてきなさい」
「うん、ありがとう」
洗い物はシノアに任せ、洗面所で顔を洗い、寝室に戻り制服に着替える。
真新しいブレザーに袖を通すと、いよいよ始まるんだな、と気が引き締まった気がした。
姿見に映るのは、まるで制服に着せられているかのような、なんとも頼りない姿だ。
真っ白な髪に寝ぐせはないか確認し、頬を引っ張り表情筋をほぐす。
僕は鏡を見るのが好きだ。自分では見る事のできない、シノアとお揃いの赤い瞳を見る事ができるから。ナルシストというわけではないという事は強調させてもらいたい。
この眼を見ていると、シノアの眼を見ているようで心が落ち着く。
「よし」
学校指定の鞄を手に取りリビングに戻る。リビングでは既にシノアが準備を終えて僕を待っていた。
「じゃあ、行くわよ。キキ専に殴り込みね!」
「お願いだから問題は起こさないでね」
入学早々事件を起こしたりしないでよ。フラグじゃないからね。
武姫姫士専門学校、通称キキ専は全寮制であり、寮は三棟ある。三年制で一学年約百人がそれぞれの棟に学年毎に分かれて住んでいる。
武姫の部屋は風呂トイレ付1Kだが、各学年五人いる姫士は全員スイートルームである。僕が特別なわけではない。
シノアも自分の部屋があるのだが、僕の部屋で一緒に住んでいる。もちろん、学校の許可は得ている。というか、寮のルールで許可されている。
それはさておき、この寮には約百人の武姫が生活している。部屋を出てエレベーターを待っていれば後ろに武姫が並び、やってきたエレベーターには武姫が乗っていて、エントランスに出れば右も左も武姫だらけだ。
武姫は少々特殊な生まれをしていて、とても美しい容姿をしている。顔が良く、スタイルも良いのだ。つまり、目のやり場に困る。
「わかってはいたけど、改めて凄い場所だね、ここは。ちょっと肩身が狭いよ」
「何言ってるのよ。アンタは姫士なんだから、堂々としてればいいの。ほら、シャキッとしなさい」
バシン、と背中を叩かれ背筋が伸びる。
そうは言っても、やっぱり僕のような小心者には、この環境に慣れるには少し時間が必要だ。
寮の隣にある校舎は四階建てで、一年生の教室は二階にある。事前に知らされていた僕のクラスは一年Dクラス。シノアも一緒だ。
クラスの人数は二十一人で、姫士は僕一人。姫士は各クラスに一人ずつ振り分けられる。
僕達が教室に入ると教室内には十人程が居て、その視線が一斉にこちらを向いた。
「あれがこのクラスの姫士か」
「イケメンじゃん、ラッキー」
「優しそうで良かったー」
値踏みするような視線が突き刺さる。当然だろう。彼女達の学校生活は僕にかかっているといっても過言ではないのだから。
一先ず、全員揃っている訳ではないので自己紹介するのも違うだろう。
席に着こうとしたが、自分の席がわからない。机は横五列縦四列に並べられ、窓際の一番後ろにぽつんと一つだけ机が置かれている。
「席は自由だよ」
どこに座るか迷っている僕達に声を掛けて来たのは、緩くウェーブのかかった栗色の髪を腰辺りまで伸ばした女の子だった。
琥珀の瞳を細め柔和な笑みを浮かべる女の子は、僕より少し背が高く、165cm程だろうか。ブレザーを押し上げる双丘はシノアより二回りほどなんでもないです。
「あ、突然ごめんね。私はセリーナ・ミリブラン。よろしくね」
右手を差し出すセリーナさんに応えようとしたが、その前にシノアが一歩前に出てその右手を握った。
「シノア・セルージュよ。よろしく」
威圧するようなシノアの挨拶にもセリーナさんは嬉しそうな笑みを溢した。この人、なかなかの胆力だな。能天気ともいう。
「僕はアーク・ブランドール。このクラスの姫士だよ。よろしく」
僕が自己紹介すると、セリーナさんは驚いたように目を見開いた。
「どうしたの?」
「いや、ちょっとびっくりしちゃって。ほら、基本男って女の子の事を見下してるでしょ? 中学の同級生に一人男がいたんだけどね、そいつが本当に嫌な奴だったの。女の子は逆らえないからって好き勝手して。まあ、私は武姫だからただの男の言う事なんて聞くわけないんだけど、ってごめん、関係ない事を長々と」
よく喋る子だ。話しかけてきたのも向こうだし、話すのが好きなのだろうか。
「ただの男であれだから、姫士ともなるとどんな最低野郎なのかと思ったら、普通に良い人そうでびっくりしたの。アーク君がこのクラスの姫士で良かったよ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。こちらこそ、緊張していたから、セリーナさんが話しかけてくれて嬉しかったよ。ありがとう」
そう言って笑うと、何故かシノアが肩を竦めて一歩下がり僕の隣に並んだ。
「そ、そんな、セリーナさんなんて、呼び捨てで良いよ」
「わかった、セリーナ。席は自由って事だったけど、セリーナはどこにしたの?」
「まだ誰も席を決めてないよ。姫士が来てなかったのに勝手に決められないよ」
別に良いのに、そんな気を遣わなくても。
でも、僕が席を決めないとみんな決められないのなら、さっさと決めてしまおう。
「シノアはどこがいい?」
「アークの隣ならどこでもいいわ」
ふむ、それなら窓際の真ん中にしようかな。
僕が席を決めるとその隣にシノアが座った。しかし、他の生徒達は動かない。
まるで達人同士の立ち合いのような、互いの間合いを探り合うような緊張が続き、セリーナが動く。
「わ、私はここにしよっかなー」
セリーナは僕の前の席に座った。やはり、窓際は人気のようだ。
それを皮切りに、他の生徒達もこぞって窓際の席を取り始めた。そして、既に登校していた生徒によって窓際の席は埋め尽くされてしまった。
「窓際は人気だね。シノアは本当にそこで良かったの?」
そう訊ねると、はぁ、とこれみよがしに溜息を吐かれた。
「アンタのそういう所は本当に心配よ」
何故かシノアに呆れられてしまった。解せぬ。




