第六章
彼が呼ばれたのは、すぐではなかった。
二日間にわたる試行錯誤のあと、さらに一日、比較的静かな時間が与えられ、その区切りがついたところで、呼び出しは来た。事前の説明はない。扉が開き、同行を促される。それだけだった。
彼はそれに従いながら、周囲の変化を観察していた。通る経路自体は以前と大きく変わらない。しかし、周囲の人間の態度が微妙に違っている。単なる警戒ではなく、意識的な配慮に近いものが混じっている。彼はすでに「扱う対象」として認識され始めていた。
それは想定内だった。
ただ、それとは別に、もう一つ気になる点があった。これまで城内で見かけた人間の顔ぶれを思い返してみても、ほとんどが男だった。兵士、役人、監視にあたる者、食事を運ぶ者に至るまで例外はない。女性の姿は、彼の記憶にある限り、あの儀式のときに使われた少女だけだった。
偶然とは考えにくい。
彼はその違和感をそのままにしておいた。結論を急ぐ必要はない。だが、無視するには明確すぎる特徴だった。
扉が開く。
前回と同じ部屋。しかし、印象は違っていた。あのときは評価の場であり、今回は対話の場になっている。
統治者は机のそばに立ち、地図に目を落としていた。彼が入ってきてもすぐには顔を上げない。その態度は意図的なものだった。主導権がどこにあるかを示している。
彼は前回と同じ距離で立ち止まる。
それで十分だと分かっている。
やがて統治者が顔を上げた。
「時間は無駄にしていないようだな」
「無駄にする理由がありません」
短いやり取りだったが、空気は以前ほど硬くない。信頼ではないが、少なくとも会話の価値は認められている。
「力は使えるようになったか」
彼はわずかに首を振った。
「制御できないまま使うことはできますが、それでは意味がありません。今は、壊さない程度には扱えます」
統治者は一瞬だけ彼を見つめ、軽く頷いた。
「それでいい」
わずかな沈黙。
その先を促すような間だった。
彼はそれを受け取る。
「では、本題に入りましょう。なぜ私を呼んだのか」
統治者はすぐには答えなかった。机の周りを回り、彼との距離をわずかに詰めるが、対峙するほど近づくことはない。
「すでに察しているだろう。単純な話ではない」
「察しているのは、すべてが語られていないという点だけです。問題は、どこまで語るつもりがあるかです」
挑発ではない。条件の確認だった。
統治者はわずかに笑った。
「理解が早いな」
しばらく考えるように視線を落とし、それから言葉を選ぶ。
「魔法が変わり始めている」
それは報告ではなく、認めるような言い方だった。
「どう変わった」
「代償が増している。以前は問題にならなかったものが、今では成立しない。しかも、その変化は一定ではない」
彼は一瞬だけ視線を落とした。
あの光景が頭をよぎる。
「例外ではない、ということか」
「そうだ」
短い答え。
それで十分だった。
「原因は分かっていない」
統治者は否定しない。
「把握できているとは言えない」
それは率直だった。
そして、それが一番危険でもあった。
彼は少し間を置いた。
「では、なぜ召喚を」
統治者は彼を見据えた。
「我々だけではないからだ」
「どういう意味だ」
「隣国も同じことをしている」
その言葉は静かだったが、意味は重い。
「結果は」
「不明だ。成功したという話もあれば、失敗したという話もある。ただ一つ確かなのは、彼らが試みをやめていないということだ」
彼はその意味を整理する。
敵ではない。
だが、競争が生まれている。
「つまり、問題の解決と同時に、相対的な位置も考慮している」
統治者は否定しない。
「現実的な判断だ」
彼は頷いた。
「だが、それでは問題そのものは解決しない」
「分かっている」
短い応答。
彼は次の問いに進む。
「召喚の条件はどう設定している」
統治者はわずかに眉を動かした。
「何を聞きたい」
「どのような対象を求めたのか」
数秒の沈黙。
「特定の条件を細かく指定しているわけではない。“助けとなる者”を呼ぶ、という形だ」
彼はそれを聞いて、静かに頷いた。
「それなら、結果は妥当だ」
統治者の視線が鋭くなる。
「どういう意味だ」
「“助けとなる者”という条件は曖昧すぎる。強い者を求めているわけではない。適した者を選ぶ形になる」
彼は少しだけ間を置く。
「今回、必要だったのは力ではなく、理解だった可能性がある」
室内の空気が変わる。
彼は言葉を続ける。
「もしそうであれば、私がここにいること自体は誤りではない。誤っているのは、結果に対する期待の方です」
統治者はすぐには答えなかった。
しばらくの間、彼を見ている。
評価しているのは言葉ではなく、その背後の思考だ。
「自分の方が状況を理解しているとでも言うのか」
「いいえ」
彼は首を横に振る。
「あなた方は内部にいる。私は外部から来た。それだけの違いです」
それは優劣ではなく、位置の問題だった。
統治者はゆっくりと頷く。
「続けろ」
「まずは仕組みを理解する必要があります。次に、それがどこまで制御可能かを確認する。その上で、初めて対処が成立する」
彼は一瞬だけ間を置く。
「そうでなければ、代償だけが増えて、問題は残る」
統治者は小さく息を吐いた。
「時間があると思うか」
彼はわずかに笑う。
「選択肢があるとは思えません」
それは挑発ではなかった。
現状の整理だった。
統治者はその意味を理解しているようだった。
そして、それで十分だった。




