第三十七章
彼の傷はすぐに処置された。余計な言葉はなく、かつてのような迎え入れの演出もなかった。すべては迅速で正確に行われ、それが戦闘の結果であるというより、日常的に繰り返される手順の一部であるかのようだった。刃は肩を深く切り裂いていたが、致命的な箇所には届いておらず、そのため周囲には緊張も慌ただしさも生まれない。ただ、慣れた者たちの静かな集中だけがあった。
少女はすぐに連れて来られた。彼は彼女の顔を覚える余裕すらなかったが、近づいてくる気配と、肩に触れる指の温度、そしてわずかに息を止めるような一瞬のためらいだけは感じ取った。魔力は穏やかに、しかし確実に彼の中へ流れ込み、損傷した部分を整え、痛みを押し流し、秩序を回復させていく。
やがて、その力が彼女にとって限界を超えた瞬間を、彼ははっきりと感じた。指先が震え、呼吸が乱れ、その直後には身体から支えが失われたかのように崩れ落ちる。だが床に触れる前に支えられ、静かに運ばれていく。その扱いは丁寧で、しかしそこに込められているのは配慮ではなく、価値の認識だった。
彼は理解した。
彼女は生きている。
ただ、使い切られただけだ。
彼女は運び去られ、彼はその場に残されたが、その時間は長くは続かなかった。すぐに呼び出しがあり、彼はそのまま謁見の間へ向かう。廊下を歩く間、距離も時間も曖昧になり、すべてがひと続きの流れの中に沈んでいく。
エドラン・ケルヴィスは、いつもと変わらぬ落ち着きで彼を迎えた。表情に大きな変化はないが、その視線には結果を受け入れた者特有の確信があった。彼は戦況について語る。敵が止まったこと、戦いの構造が変わったこと、今後の主導権がこちらにあること。それは感情ではなく、計算の一致として語られていた。
彼にとって、それらの言葉はどこか遠くにあるもののように響いた。
彼はその流れを断ち切る。
「さっき捕えたあの女――あの召喚された女の捕虜は、どうするつもりだ」
エドラン・ケルヴィスは即座に答えた。
「危険だ。あの女は戻せない。近いうちに――いや、最も近い儀式で使う」
その言い方に曖昧さはなかった。「使う」という言葉は、他の可能性を完全に排除する。
彼は一拍置き、さらに踏み込む。
「その女を生かす方法はあるのか」
問いは一般論ではない。あくまで目の前の捕虜についてのものだ。
統治者は彼を見据え、わずかに間を置いてから答えた。
「ある。だが条件がある」
そしてそのまま、はっきりと言い切る。
「お前がその女の処女を強制的に奪うことだ」
言葉は一切の曖昧さを許さなかった。
説明は続く。
「この世界では、処女は資源だ。儀式に使うための力そのものだ。それを失えば、その女はもはや資源ではなくなる。価値も、危険性も同時に消える。だからこそ使われる前に失わせれば、生かす理由が生まれる」
それは倫理ではなく、構造の説明だった。
選択は二つしかない。
このままなら、その女は儀式で消費され、確実に死ぬ。
もし私が彼女をレイプすれば、処女喪失が彼女の命を救うことになるだろう。
彼はその意味を理解する。
そして同時に、それが何を要求しているのかも。
逃げ道はない。
第三の選択肢は存在しない。
彼は目を閉じる。
ほんの一瞬。
考えるためではなく、決めるために。
「……やる」
短く、しかし明確に。
その答えに対し、エドラン・ケルヴィスは頷くだけだった。
それで話は終わる。
彼はそのまま、指定された場所へと案内される。
部屋は冷たく、余計なものが何一つない。そこにあるのは機能だけであり、人間的な意味は排除されていた。
その中央に、彼女がいた。
彼女は意識を保っている。視線にそれが表れている。身体は完全に拘束され、逃げることも、抵抗することもできないように固定されていた。その固定は雑なものではなく、むしろ正確すぎるほどに整えられていて、身体の向き、角度、位置すべてが一つの目的のために調整されている。
まるで祭壇だった。
彼はそう感じる。
これは拷問台ではない。
形の違う儀式の場だ。
彼女は完全に裸にされ、口は布で塞がれている。その処置は痛みのためではなく、言葉を排除するためだった。ここでは何も交わされない。ただ行われるだけだ。
彼は一歩踏み出す。
内側で強い拒絶が生まれる。
それでも止まらない。
止まれない。
すでに選んだからだ。
彼は自分に命じるように動く。
続けるために。
途中で止まらないために。
その結果として、彼の動きは本来のものとは違うものになる。優しさも配慮もそこにはなく、ただ終わらせるために進む。自分自身を押し切るために、必要以上に強く、粗くなっていく。
彼は詳細を覚えていない。
覚えようとしなかったのかもしれない。
ただ、自分の中で何かが確実に変わったという事実だけが残る。
やがて終わりが訪れる。
誰も何も言わない。
ただ一人が、淡々と告げる。
「終わったな。持っていけ」
彼女は拘束を解かれる。
粗末な布が投げられ、身体を覆う。
鎖がはめられる。
そして彼の側へと押し出される。
それは引き渡しだった。
彼は何も言わず、それを受け取る。
誰の顔も見ない。
意味がないからだ。
彼はそのまま歩き出す。
帰路は静かだった。足音だけが響くが、それすらも遠く感じられる。彼女は隣を歩く。鎖に繋がれ、言葉を持たず、ただ存在している。
彼は何も話さない。
話すべき言葉がないことを知っているからだ。
部屋に戻ると、リラとカイラがそこにいた。二人は同時に顔を上げる。まず彼を見て、それから彼女を見る。その視線はすぐに変化しない。理解がゆっくりと形を取っていく。
リラが一歩踏み出す。
だが途中で止まる。
カイラは動かない。
ただ見ている。
その視線は鋭く、探るようで、同時に何かを確かめようとしている。
彼はその間に立つ。
そして何も言わない。
言葉では何も変わらないことを、すでに理解していた。




