第9章 結果
私は椅子に座り、目の前には木の机と無邪気な笑顔の双子達。
そういえば、ノアさんがこの子たちをルカとライカって呼んでいた。きっとそれが名前なのだろう。言葉の響きから考えると、ルカが男の子で、ライカが女の子の方だと思う。
女の子、たぶんライカちゃんの方がマジックカードを持ち、私の向かい側にある椅子に座った。ルカ君の方はその後ろに立っている。
「それじゃあ、さっそく始めるよー。」
「ドキドキ、ワクワク。」
……えっ、魔界でもそんな心臓が激しく打つさまを表す単語ってあるんだ……。なんか、ルカ君かあいいかも……。いや、だから、ダメだって、魔界人の年下は油断ならないから。あぁ、そういえば、私をこっちの世界に送ったあの子、確か名前はルーナだっけ、今頃どうしてるんだろう。まだ日本にいるのかな。
私が色々考えているうちに、ライカちゃんはカードを机の前に置き、準備はいいぞみたいな顔で私を見上げていた。
私はノアさんをちらりと見ると、意外にもこっちを見ていて、なりゆきを見守っているようだった。
「じゃあ、おねーちゃん、はじめるよ。」
そう声が聞こえて、目線を前に戻すと、ライカちゃんの顔つきが変わっていた。真剣な表情というか、子供らしさがみられない無感情な顔だった。その表情に私は少しだけ身がすくむ。圧倒されるくらいの迫力がライカちゃんからにじみ出ている気がする。
その表情のまま、カードの上に両手をかざし、目をゆっくりと閉じた。隣にいるルカくんをみると、同じように目をつむっている。
私はそのまま、じっと待ったが、一向にライカちゃんがなにか話すことはなく、目も閉じたままだ。だが、よく見ると、ごくわずかに双子の唇が動いていることに気がついた。
何を言っているのかはわからない。だが、二人の口の動きはぴったりと重なっていた。
その様子をただ眺めていると、いきなり机に置いてあったカードがゆっくり宙へと上がっていく。そして、そのカードはバラバラになり、私を中心に円を描いて回り始めた。
最初はスローモーションのように浮かんでいたが、徐々に早くなり、私の身体からあと一センチくらいのすれすれの場所を綺麗に一列になり、回っていく。
その間も双子の唇の動きは止まらない。それどころか、聞こえるくらいの大きな声になっていた。
「プリドゥ トン、トルネ、トルネ、プリドリゼァ、…………」
やはり何かの呪文を唱えているようだ。しばらくすると、規則正しく円を描いていたカードは次に私の周りを四方八方に飛びまわり始めた。でも、私の身体にはかすりもしない。だが、私はじっと動かないでいた。
なぜか不思議な気分になる、ぬるま湯に全身をどっぷりつけているような生温かい感じ。そして、あちこちに飛びまわるカードを見ていたら、少し気持ち悪くなった。
そんな私の状態など知ってか知らずか、双子の声は次第に小さく、ゆっくりになっていく。それにともない、カードの動きも鈍くなり、私の丁度胸の前あたりで、また一つの束になりまとまっていく。
最後の一枚がその束に戻ると、双子は同時に目を開けた。だが、その瞳を見た瞬間、私はカードが浮いていたことよりもさらに驚愕することが起きていた。それは、目の前にいる少女の瞳がなぜか潤み、とろんとしているようにみえる。どこか、頬にも赤みがかかっているようだ。それは、まるで父や母がアルコールなるものを摂取したときにみせる表情に似ていた。
だか、肉親が酔っぱらっていたら、ヤレヤレとしか思わないが、この無駄に顔が整っている双子の瞳がウルウルしている様は、うっかりドキッとしてしまうくらい、かわゆいものになる。
「あの、2人とも?」
私は、頭がふらふらしているライカちゃんに、おずおずと声をかける。すると、その焦点の定まらない目が私をとらえた。
「ありょりょ、おねぇーちゃんのうりゃないはー、こりゃからが本番だりょ~。」
まるで、ろれつが回っていない。それに、顔もますます真っ赤になっているようにみえる。ちらりと、ルカくんをみると、ライカちゃんと連動しているように同じ動きをしている。つまり、ふらふらしていて、今にも後ろに倒れてしまいそうだった。
「はりゃー、それひゃあ、まず、おねぇーちゃんのにゃまえはにゃんですか?」
その小さい手でカードを掴みながら、私に聞いてきた。そう言えば、まだ名前を名乗っていないことに気が付く。
「えっと、私の名前はあし、じゃなくて、日向だよ。」
私は、この町に入る前に名前しか名乗ってはいけないとノアさんに言われたことを思い出し、とっさに、名前だけ名乗る。その不自然な方向転換にライカちゃんは気づく様子もなく、手もとのカードに視線を落としていた。
「ひにゃたおひぇーちゃん、れしゅか?いいにぁまえだにぇ。」
「あ、ありがとう。」
だんだん何しゃべっているのか分からなくなるぐらい、ライカちゃんのろれつが回っていない。というか、この子たち本当に素面だよね……?
私がそんな心配したくなるぐらい、でろんでろんな様子の二人に私は困惑の色を隠せない。それでも、ライカちゃんの質問は続いていく。
「うみゅ~、じゃあ、こにょカードの上に手をにょっけてくりゃはい。」
「う、うん。……こう?」
私は右手をライカちゃんが持っているカードの上にかざした。ライカちゃんは満足げにうなずき、一言何かつぶやいた。声は聞こえなかったが、それはまた呪文かなにかだったのだろう。その証拠に、ライカちゃんが持っているカードの束の真ん中ぐらいから、一枚のカードが誰の手も借りず、束の中ら抜け出し、ライカちゃんの開いた右手に収まった。
ライカちゃんはそのカードをじっと凝視する。そして、私はそんなライカちゃんをじっと見つめた。
何とも言えない、沈黙が訪れる。なぜだか、私の背中には嫌な冷や汗が流れていた。
ライカちゃんは、ルカ君と視線を合わせてから、私の方を見て、目の前にそのカードを差し出してくる。私は条件反射的にそれを受け取り、そのカードの裏を見た。このカードはトランプなどではなく、タロットカードみたいなものなので、そこには数字ではなく、絵が描かれていた。
そのカードには、神々しい光を背に、立派な杖を持ち、純白の布で身体を包んでいる美しい女の人の絵が描かれていた。その人は、まるで女神のような貫禄があり、ただの絵でありながら、私に神々しさを感じさせた。
「そにょカードは、ひにゃたおねーひゃんの未来を暗示したものれふ。」
そう、ライカちゃんが説明してくれる。
未来?この絵が?まさか、私が将来、女神になるとでも言いたいのだろうか?いやいや、さすがにそれは無理がある。こんな光り輝いている存在に私がなるなんて、絶対、ぜーったい、あり得るわけない。
もう一度、手もとのカードに目を落とす。そこには、さっきと変わらず、美しい女神の顔がある。これが未来というのはさっぱり意味が分からない。
視線をカードから離し、ライカちゃんの方に戻すと、なにか満足げにうんうんとうなずいている。
「やっひゃり、ひにゃたおねーひゃんは面白いかーりょがでましゅたね。」
「うん、ぼくりゃの思ったちょおりだ。」
やっぱり?思ったとおり?そして、面白いとはどういうことなのか。
私は、双子とカードを見比べながら、考えてみるがこの世界の何の知識も持たない私には分かるはずもない。この世界の常識でさえ、私は知らないのだ。
しばらく待ってもライカちゃんはルカ君と見つめ合ってニコニコしているだけで、このカードの意味について教えてくれないので、私は黙っていられずに口を開いた。
「ねぇ、結局占いの結果ってどうなったの?」
私がそう聞くと、双子はアッという顔でこっちに振り返った。どうやら言うのを忘れていたらしい。
「ごみんなさい、忘れちぇました。」
ライカちゃんはその潤んだ瞳で上目遣いに私を見た。その表情は叱られた後のようにしゅんとしている。
うん、可愛いから許そう。と私が即決してしまうのも仕方がないと思う。
「ううん、いいよ。それで教えてくれるかな?」
「はい、このかーりょはれすね~、」
ライカちゃんが楽しそうに口を開く。私も少しドキドキしながらその言葉を待った。
「おねーひゃんが女神アラティアに目をつけられるということれしゅ。」
「………………は?」
えっ?目をつけられる?どいうこと?
私はわけ分からず、自分の聞き間違いか?などと考え始める。
だって、どこぞの神に目をつけられるなんて、絶対いい意味ではないと思う。むしろそれって不幸に見舞われると暗示しているように感じる。
さっきまでのドキドキが別の意味でのドキドキに変わる。ただでさえ、最悪な状況なのに、これ以上の最悪が起こるということなのか?いや、考えようによっては、もう何が起こっても関係ないと思えるかもしれない。これ以上の訳の分からないことに巻き込まれたくはないけど。でも、一人ではないから。
私は無意識のうちにノアさんに視線を向けていた。それでもノアさんはしっかりと私を見つめ返し、真剣な面持ちで私にうなずき返した。その瞳が「大丈夫だ」と言っているような気がして私は少し安心する。
出会ったばかりのノアさん。あまり多くは語らないけれど、その表情や温もりから優しさを感じるから。そして、それは言葉よりも信じられるものだから……。
だから、私は何も恐れることなく、ただ前を向いた。
どうも「私の居場所とは」はかなり久しぶりの投稿になってしまいました。
長い期間があいたにも関わらず、伝わりにくい文章ですいません(>_<)
そして、次回はその頃地球では……みたいな話です。第一章で登場した彼が久しぶりに出できます。なので、次回もよろしくお願いします。