第6章 着替え
あれから、何時間たったのだろうか。いつの間にか、私はベットで寝ていて、隣のベットにノアさんが座っていた。
なにやら分厚い本を持っている。とても古そうだ。表紙には『我らの歴史』と書いてある。たぶん、魔界の言葉で書かれたいるのだろうけど、ノアさんのおかげで、私には日本語に見える。
私が身体を起こすと、ノアさんが読んでいた本をパタリと閉じ、こちらを向いた。
「起きた?」
「あ、はい。起きました。」
私は寝てしまう前の服を掴んでしまった子供みたいな行動を思い出し、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
そんな私にノアさんが茶色い紙袋を差し出す。
「えっ?これなんですか?」
受け取って中をのぞくと、そこには白いシャツと、長くて太いズボンが入っていた。
「この世界の旅人の服。それに着替えれば、人間だとは思われない。」
「なんだか、男っぽいですね…………。」
それが服を見た時の感想だった。ノアさんもそんな服を確かに着ているが、それは美人でスタイルがいいからちゃんと女性の恰好に思えるが、私が着たら、完璧男の子にしか見えないのではないだろうか。
髪もショートだし、ボンキュボンとは程遠いスタイルだし。
いや、ずん胴ではないのだけれね。…………たぶん。
「それは、動きやすさを重視しているから、男用に見えるかも知れないが、ちゃんと女用を買ってきたから、とりあえず着てみて。」
「は、はい。わ、分かりました。」
私は紙袋を持ち上げ、ベットから立ち上がり一歩踏み出す。すると、ノアさんが少し眉毛をひそめた。
「どこに行くの?」
「えっ?えっと、着替えるためにどこか個室に行こうと………。」
「なぜ?ここで着替えればいい。」
「い、いや、それは……。」
なんとも恥ずかしい。だって、いくら女同士だとは言っても、昨日今日会ったばかりの人の目の前で着替えろなんて。それに、この紙袋の中には、パンツとか下着類もちゃんと用意されているのだ。つまり、全裸にならなければならない。
「それに個室なんてないが。」
「あっ……。ですよね………。」
そうか、始めからここで着替えるしか選択肢は残されていないのか…………。いや、こんな所でまた絶望に打ちひしがれている場合ではない。私にそんな事言える余裕なんてあるはずないのだから。
そうだ!ここは銭湯だと考えよう。きっと、たぶん、恥ずかしくない……はず。
私はチラッとノアさんを見た。なぜかこちらをじっと見ている。
うぅ、やっぱり恥ずかしい。私の顔はどんどん熱くなっていって、たぶん相当真っ赤だろう。
「あ、あの、う、うしろ向いていてもらえませんか?」
「そう、分かった。」
短く答え、ノアさんは素直に後ろを向いてくれた。それでもちょっとは恥ずかしいが、とにかく着替えるしかない。
私は、この二日間で結構汚れてしまった制服を脱ぐ。
そういえば、お風呂にも全然入ってない。たぶん、犬に今の私の匂いをかがれたら、走って逃げ去ってしまいそうだ。というか、この世界に風呂なんてあるのかな。ノアさんも私と同じでお風呂に入ってないのに、その姿は至って清潔そうだった。私のように泥で汚れてはいない。
なんでだろう、やっぱり魔法なのかな。でも、それなら私にも使ってくれてもいいのに。
ぶつぶつ心の中で文句を言いながら、私は制服を全部脱ぎ終わる。ふぅ、ちょっと身体が軽くなった感じだ。私は、ちょっと微笑みながら、顔をあげた。すると、目の前には思いっきりこっちを見ているノアさんと目が合う。
「えっ!?、ちょ、ちょ、ちょっと、な、なんで、ガン見してるんですか!?」
私は慌てて、身体を隠すようにしゃがみこむ。
み、見られた。し、した、下着姿を……。は、恥ずかしいぃ。もう、消えたい。
「う、後ろ向いていてくださいって言ったのに……。」
私はベットから掛け布団をひっぱって身体に巻いた。その間もノアさんは顔の筋肉を一切動かさずにじーーーーーっと私を見ている。
「ノ、ノアさん?」
「あなたに後ろを向けと言われた時はちゃんと向いていた。いつまでとは言われなかったから、もういいのかと思ってしまった。」
「そ、そうですか……。と、とりあえず、もう一回後ろ向いてください。私が着替え終わるまで。」
「それはできない。着替え終わってしまったら、あなたを洗うことができなくなる。」
「洗う?シャワーとかあるんですか?」
「いや、魔法。」
「そうですか、やっぱり魔法なんですね。」
「旅人しか使わないが、簡単に綺麗になる魔法がある。」
「旅人しか?」
「そう。普通なら、家で身体を洗えるから。」
「魔界にもお風呂があるんですか?」
「まぁ、そのようなもの。とりあえず、旅人など家を持たない者は、魔法で身体を汚れを落とす事が多い。もちろん、私も例外ではない。それに、あなたもそのままでは気持ち悪いはず。」
「まぁ、確かに。でも、その魔法はどうやってかけるんですか?ま、まさか、ここで全裸になれと……?」
「別に下着姿のままで問題ない。脱ぎたければ脱いでもいいが、服は手に持って。」
「は、はい。なら、これ以上は脱がない方向で。」
私は、脱いであった制服を身体を隠すように、持った。ノアさんの眼はまっすぐ私を見ている。
魔法をかけるためとはいえ、人の裸(下着姿)をマジマジと見ないでほしい。私は、あなたのように身体に自信がないのですよ。と言いたいが、言わずにただ私はモジモジする。
ノアさんもベットから立ち上がり、腰から杖をぬき、私の方にむけた。
「レヴィ。」
短い呪文を発する。すると、杖の先から淡い青い光が私の身体を包みこむように広がった。全身が青い光を放つかのように、光っている。なんだか少しひんやりとした感覚がする。そして、だんだんと制服や身体の泥や汚れが薄くなっていった。
とても気持ちいい。冷たいシャワーを浴びてるかのように、どんどんさっぱりしてくる。
数分たち、ノアさんが杖をおろした。その瞬間に、青い光も消え去る。
服は、さすがに太陽に当てたみたいにふんわりした感じはなかったが、汚れは落ちているようだったし、私の身体も、下着まで綺麗になっていて驚いた。
それから、やっと新しい服を着替え終わり、私はボスンとベットの上に寝転がった。窓の外を見ると、月はこうこうと輝いている。今は昼なのだろうか。
この世界には、日が昇るとか沈むとかがなく、ただ月が強く光っているか、淡く光っているかで、朝と夜を分けているのだと思う。だから、いつが昼なのか時計がないと全く分からない。でも、ノアさんが時計を持っている様子はなく、あの太陽のように光っている月を見て行動しているっぽかった。
私は着替える時に取り出しておいた携帯を開く。相変わらず、アンテナは三本立ったままだ。なのに、どこにもつながることのない携帯電話。時間のところを見ると、11時となっていた。
そういえば、こっちも11時くらいなはずだよね、きっと。もしかしたら、私たちの世界とこっちの世界の時間は一緒なのかもしれない。でも、時間が一緒だとしても向こうに帰れないのなら、意味のないことか……。
息を細く長くはきながら、携帯を閉じた。開いたままでいると電池がなくなってしまうかもしれない。いざという時のために、残しておいた方がいい。
「そろそろ、食事をする時間。」
ノアさんがベットから立ち上がり、私の方を振り返りながら、つぶやくようにそう言った。
「そーいえば、お腹減りました。」
私は、お腹の内側のヒュルルンとした感覚にやっと気づいた。そう、私は腹が減っている。どんなに悩んでいても身体は正直なものだ。
「どんなものが食べたい?」
「うーん、どんなものと言われても、何があるのか分からないです。まさか、洋風、和風とかあるわけないですよね?」
「そう言ったものはない。でも……。」
ノアさんが珍しく、考え込むような表情を見せた。顎に手を当てて、首をかしげている。だが、顔は無表情のまま。ノアさんの顔はただでさえ、整っているのだから、表情がないとちょっとロボットみたいだなと思う。
「たとえば、人間界でいう麺類等もある。あとは、米も存在するから、丼ぶりとかも。」
「ど、丼ぶりですか……。例えば、なんの丼ぶりがあるのか聞いてもいいですか?」
「木の実の丼ぶり。」
「木の実って……、それ、おいしいんですか?」
「なかなかに人気のあるメニューだと認識している。」
「……丼ぶり以外でお願いします。」
「そう。なら、とりあえず、私がよく行くところでもいい?」
「はい、もちのロンです。」
「…………?」
「……あまり気にしないでください…………。」
ノアさんは私の返事にうなずき、小さい鞄を肩にかけ、部屋を出る。
私もそのあとから部屋を出ると、扉を閉め、また鍵穴に杖を指し込んだ。
ガチャッという音が聞こえる。本当に魔法って不思議。というかこんな身近なことにまで魔法は使われているのか。
例えば、ベルにしたって、缶詰を開けるときだって魔法を使っていた。日常に自然に魔法が解け込んでいるのだ。やはり、私たちの世界とは似てるようで全然違うんだな。
私たちは、宿屋を出た。周りには初めに来た時には、いなかった魔界人で溢れている。ノアさんは迷いない足取りで目的地へとズンズン進んでいくので、私はその後ろを少しおどおどしながら、隠れるようについていった。
目的地は十分くらい歩いたところにあった。見た目は少しみすぼらしい。灰色の何の色もついていない石でできた家だった。店には看板が付いていて、ムンカの古石屋と書いてある。
これは、どう考えても食べ物屋ではない気が……、もし、そうだとしても、こんな衛生的に汚い場所で食べたくない。ここがノアさんがよく来るところなのだろうか?
扉の前まで行くと、ノアさんが振り返った。
「ここで少し資金を調達しなければならない。」
「……お金ですか?」
「そう。あなたの服を買った時に持っていた金は使ってしまった。だから、ここで魔原石と換金してもらわないといけない。」
そうか、確かにこの服もあの宿にもお金が必要なはずだ。私は何も考えずにただノアさんについてきたが、私が一緒にいることはノアさんの負担になるのだ。
それなのに、なんで私はノアさんのことを信じられないと思っていたのか。どう考えてもお荷物な私を拾って、私にあんなにすんなり手を差し伸べてくれたのに。
私は、再び押し寄せてきた自己嫌悪にず――んと気分が落ち込むのがわかった。
「魔原石を売るのが私の仕事。」
「えっ?」
「旅人である私は魔原石を売って生活している。」
「へー、それで稼いでいるんですね。その石って高く売れるんですか?」
「純度が高いものはそれなりの値段だが、とるのが非常に難しい。ほとんどはまぁまぁの値段。高くもなく安くもない。でも、生きていくには十分。」
ノアさんが肩にかけていた小さい鞄から、デコボコした緑色の透明な石を取り出した。
「これが魔原石。」
それを私の手の上にのっけてくれる。ゴツゴツしていて、石って感じだが、見間違いでなければ、淡く光っているようにみえる。
「あなたの中に入れた魔心石は、それを加工して、魔法を中に入れたもの。」
「えっ?じゃ、じゃあ、これが身体の中に入っているようなものなんですか?」
ノアさんが当たり前だというような風に軽く頷く。私はもう一度、手の中にある魔源石を見つめた。
確かに、あの蒼い石と同じような気もする。でも、こんな硬い石みたいなものが、今、私の身体の中に埋め込まれていると思うと、ちょっと怖くなった。でも、私の身体には何の違和感も存在しない。まるで、あの石は私の中で溶けてしまったみたいだった。
「それじゃあ、中に入ろう。」
そう言って、ノアさんは扉を開け、中に入っていく。私のその後に続いて入った。
中は、なんとも不思議な空間だった。店内は薄暗いが、あちこちにある棚に魔原石なのか魔心石がたくさん置いてあり、不思議な光を放っていた。
奥には長いカウンターがあり、それが売り場と店の中を区切っている。だが、カウンターには誰の姿もなく、店内にも客らしい人物はいない。
ノアさんは、まっすぐカウンターへと歩いていくので、私はあたりを見渡しながら、それについていった。
カウンターまでつくと、そこには何もなく、さっきの宿屋で置いてあったベルのようなものもない。
「ムンカさん。」
ノアさんがそう店の奥に向かって声をかけた。すると、数秒経ってから店の奥からゴソゴソと人の気配がした。こちらに向かっているようだ。私は、なんとなく、この店の人なら気味の悪い目が淀んでいるいるようなお爺さんがでてきそうな予感がした。
だが、そう、予想していたのだが、奥から出てきたのは、小さい男の子と女の子だった。10歳くらいだろうか?顔のつくりが恐ろしく似ているのでもしかしたら、双子かもしれない。二人とも服装は真っ白で、髪が短い男の子がズボンを履いていて、女の子は髪が長く、スカートをはいていた。そして何よりも、もっとも驚いたのはその双子の眼だった。
左右の瞳の色が違い、男の子は左目が、女の子は右目が、ブルーの瞳していて、もう片方は金色の瞳をしているのだ。
私は、その不思議な瞳に、吸い込まれそうな強い瞳に声も出ない。双子はやはり端正な顔立ちで、私たちを見ても、表情一つ動かさず、じっと見ていた。どこか、ノアさんに似た雰囲気があるなと思った。
ノアさんが双子をみると、少し下を向きながら声をかける。
「ムンカさんはどうした?」
そう聞くと、双子はお互いの顔を見合わせる。
「おとうは、ご飯を買いに出かけたよ。」
「だから、私たちに店番をしてなさいって、おとうは言ったよ。」
見た目よりも幼い声で、双子たちは交互に話した。
……というか、おとうって……。そこは、きれいな見た目のギャップがありすぎて、ちょっと可愛いなんて思ってしまった。
「そう。どれくらい前に出かけて行った?」
ノアさんがそう聞く。その声は、少し優しげな響きを持っている気がした。案外、ノアさんは子供好きなのかもしれない。
「おとうは、ついさっき出かけたよ。」
「でも、おとうは、すぐに戻るって言ってたよ。」
やはり双子は二人で答える。
「分かった、なら、少し待たせてもらう。」
ノアさんはそう言うと、カウンターから離れ、店内を見て回り始めた。私はどうしていいのか、分からず、ただボーっとしていると、双子たちと眼が合った。
なぜか、こちらをじーーーーっと見ている。
(えっ?なんで、そんなに見られているの?もしかして、私が人間だってバレた?)
そんな風に思い、冷や汗を流しながら、何気ない表情を一生懸命作っていると、その子たちは、私に向かって口を開いた。
やっと、第6章まで来ました。ずいぶんとゆっくり更新で、大変申し訳ありません。そろそろ登場人物とか色々と増やしていきたいと思っています。
いつぐらいになるかわかりませんが、次回もよろしくお願いします。