第5章 初めての町
次の日の朝、私たちはまたまたバイクに乗り、移動している。今日の目的とは、
「今日から町に入る。昨日言ったことには気をつけて。」
「は、はい。」
昨日言ったこととは、私が人間だとバレてはいけないということだ。バレてしまったら最後、私は元の世界に戻れないもしれない。ただでさえ、あと数年は帰れないかもしれないのに。
私は無意識にノアさんに掴まっている手に少しだけ力を込めた。
彼女にすがるしかないから、頼れる人はノアさんしかいない。
そう、今の私には何もない。誰もいない。…………1人なんだ。
出発してから、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。携帯があるがそれが正しい時間を示しているのか分からず、とりあえず、今の私には時間を確認できるものを持っていなかった。
「もう少しで町に着く。」
不意にノアさんの何の感情も含まれない声が聞こえた。
「は、はい。」
緊張と不安で少し声が上ずった。町、ノアさん以外の誰かに会うのはとても不安だ。私を、人間を嫌っているかもしれない誰かがいる町に入らなければならないのは恐い。私にとってこの世界は危険なのだから。そして、今の私は、ノアさんと同じ茶色いマントを着ている。さすがに、学校の制服は目立ち過ぎてすぐばれてしまうそうだ。だから、私はしっかりとマントのボタンをとめ、完全に制服が見えないようにした。
その時、前方に小さな町があるのが見えた。顔面に受ける風を必死に我慢し、目を細めながら眺める。
規模は小さい。その町の後ろには緑が広がっていて、この乾いた大地と緑を隔てる境界線みたいな場所にあった。
ノアさんはそのまま真っ直ぐ門みたいな所までバイクを走らせる。門まで着くと、横から中年の男性が1人出てきた。やはり人間となんら変わらないように見える。帽子を深くかぶっていたので顔はよく見えないが、服装も一昔前のヨーロッパの人が着てそうな服を着ている。
私たちがバイクを降りると、その男の人が側までやってきた。
「やあやあ、こんにちわ。我々の町に何の御用かな?」
その男性は帽子のつばを手で軽くあげ、人の良さそうな笑みを浮かべてそう言ってきた。
「旅の途中で、食糧や必要な物品を買いに来た。」
ノアさんの方は無表情に淡々と答える。
「そうですか。何か売買品とかありますかな?」
「はい、魔原石をいくつか。」
そう言いながら、バイクのうしろにある荷物をその男性に見せる。
私はそんな二人のやり取りを眺めながら、魔界人のあまりの普通さに驚いていた。その男性は帽子から少し出ている髪は黒髪で、鼻の下に黒々としたひげを生やしている。瞳こそ琥珀色をしているが、それ以外は全く普通の人間に見えた。性格もいい人そうで、魔界人という響きから想像していた乱暴な印象は受けない。
ノアさんより普通の人っぽいくらいだ。この人が私を人間だからと言って捕えるのだろうか。危ない存在なのだろうか?
2人はそれから少し話したあと、ノアさんがまたバイクにまたがり、私に後ろに乗るように合図をしてきた。私は素直にそれに従う。
バイクが走り出すと、後ろから男性の声が聞こえた。
「良い滞在になるよう祈っております。」
私が振り返ると、男性は笑顔で手を振っていた。
町に入ると、私の目の前に広がったのは、カラフルな石で造られた建物が並ぶ、綺麗な町並みだった。
テレビで見たことのある海外の街に似ている気がする。
足元には長方形の石が隙間なく埋められていて、さっきまで見ていた茶色い地面はどこにもなかった。
ノアさんは門から入って、少し行った所の隣にバイクやらスクーターやらが数台停めてある建物の前で、停止した。
「数日間、ここにとまる。」
「えっ、じゃあ、ここってホテルかなんかですか?」
私は目の前に建っている緑色の石でできている3階建ての家を見上げた。
「そう。この町、ヨーラックの唯一の宿屋。」
「ヨーラック…………。」
「この町の名前。」
「あ、あのこの町、いえ、この世界について詳しく教えてください。」
私がそういうとノアさんが若干、意外そうに私の顔を見る。
私もこんなことを言うなんて思っていなかった。でも、考えた。私に今、必要なことは知識だって。この世界のなんでもいい、知識がほしい。きっとそれは私の力になるから。このままでは、私は何もできないままだ。
まぁ、知識が増えたところで、魔法を使えない私は無力だろうけど。
「分かった。私が知っていることなら、教える。」
「はい、お願いします。」
私はぺこっと頭を下げた。その時、ノアさんから苦笑しているような雰囲気を感じたが、顔を下げていたので実際のところは分からなかった。
「とりあえず、ここの宿をとってから。」
ノアさんがそう言って、その宿屋の木の扉を開け、中に入って行った。
中は、外装と同じく緑色で、所々に年期を感じた。扉から入って、左手に受付みたいなものがあり、そこには誰もいなくて、机の上にベルのようなものが置いてあった。
ノアさんが腰のベルトから杖を取り出し、そのベルをつつく。すると、ベルから不思議な光が放たれた。
チリンと音がなるのだろうと思っていた私は、ただ光っただけのベルに意表を突かれた。
「これ、鳴らないんですか?」
「鳴るとは?」
「えっと、音がです。チリリンとか。」
「これは音が鳴るものではない。ベルキナという光を発するもの。」
「でも、これって店の人を呼ぶものですよね?」
「そう。私たちの魔力を使って人を呼ぶ。これと同じものを店の人も持っていて、これに少し魔力を注げば、店の人がもっているベルキナも光るという仕組み。」
「えっ、見た目も名前も似てるのに使い方が違うなんて……さすが、魔界ですね。」
「…………意味が分からない。」
そんな事を話していたら、受付の後ろにあったドアがガチャっと開いた。出てきたのは、スラッとした30代くらいの女性だった。髪に赤色が混ざっている。でも、やはり綺麗な人だった。
私は、反射的にノアさんの後ろに隠れる。やっぱり捕まるとかそういう話を聞かされていれば、堂々と魔界人の目の前にいるのは無理、というか、恐い。
「いらっしゃいませ。お泊りですか?」
「2人で、5泊したい。」
「わかりました。すぐにお部屋に案内します。」
そう言って、受付の女性は横の階段を上がって行った。ノアさんがその後ろについていく。
私も階段をのぼりながら、ノアさんに話しかけた。
「あの、五日間もここに泊まるんですか?」
「前にも話したが、焦って先に進んでもあなたが帰ることはできない。それなら、じっくり確実に進むべき。あなたがさっき私に言ったみたいに、色々なことを知るのにこの町は便利だから。」
「そうなんですか。」
私たちは二階に上がり、一番奥の部屋まで案内された。
「ここでこざいます。何か御用がありましたら、ベルキナでお呼びください。」
そう言って、一礼してから受付の人はまた一階に下りて行った。
「あの、鍵とかもらってないですよね?」
「鍵はいらない。杖さえあればいいから。」
すると、ノアさんはドアノブの鍵穴?みたいなところに杖を差し込んだ。その鍵穴はまるい形をしていて杖が半分ほどすっぽりと入ってしまった。
「トゥルデ シルエ」
ノアさんがそう唱えると、ガチャリとドアが開く音がした。
「こうすると、このドアは私の杖と契約したことになり、この杖が鍵の代わりになる。」
「本当に杖ってなんでもできるんですね。」
「いや、杖にもできないことはある。」
「えっ?」
ノアさんは意味深な言葉をつぶやき、さっさと部屋に入ってしまう。
私も部屋へと入る。部屋の中にはベットが二つあるだけで、ビジネスホテルくらいの広さだった。つまり、そんなにでかい部屋ではない。
「杖はただ、私たちの魔力を手助けしてくれているだけ。ほとんどの者は杖を使わずに魔法を使っているから。」
「えっ、そうなんですか。」
「本来は、杖は魔力が少ない者や見習いが使うもの。」
「えっと、それじゃあ……。」
ノアさんって魔力が少ない人……なのかな。そんな風に全然見えないけど。それに、あんなに色々な魔法を使えるのに、魔力が少ないなんて考えられない。ルーナちゃんみたいに見習い魔女なわけないし。
そんな私の疑問を感じとったのか、ノアさんは短く答えた。
「私は、魔力を制限されている。だから、杖を使うしかない。」
「制限ですか?」
「そう。」
そんな私の疑問を感じとったのか、ノアさんは短く答えた。だが、それっきり口を開こうとはせず、鞄の中身を確かめ始めた。私は、なんとなくこれは深く聞いてはいけないような気がして、それ以上何も言うことができず、トコトコと窓際に移動して、外を眺めた。
遠くには、ごつごつした茶色い岩がたくさん見える。ついさっきまであそこにいたんだ。今もまだ、私に付きまとう不安感は消えない。でも、あそこに一人でいた時よりはマシだろう。そして、真下を見れば、さっきはあまりいなかった魔界人らしき人達がちらほらと歩いていた。私たちがここに着いたときは、時間がかなり早かったのかもしれない。
私がぼーっと外を眺めていると、ノアさんがスッと立ち上がった。
「これから、あなたの服を買ってくるから、ここで待っていて。」
そう言って、部屋を出て行こうとする。
「えっ?あっ……!」
私は無意識に離れていこうとするノアさんへと手を伸ばし、服の裾をつかんだ。だが、すぐに気づいて離す。
「えっと、ご、ごめんなさい。」
私が謝ると、ノアさんは後ろを振り向き、私をみつめながら、しっかりとした声で言った。
「大丈夫、ここにいれば安全。不安に思うことは何もない。それに、今、そのままの格好で外に出るのは危険が大きくなるだけ。こちらの服を着ていれば、あなたが人間だとバレることはないのだから、それまでここにいて。」
「は、はい。」
しょぼんとしてしまった私に、ノアさんが側まで近づく気配がした。
私が顔をあげると、ノアさんは目の前にはいなくて後ろに回っていた。
「えっ?ど、どうしたんですか?」
すると、いきなり後ろから首のところに腕を回される。カチャリとなにかがぶつかる音がした。首の下をみると、そこには丸い青色のちっちゃいビー玉くらいの石に茶色い革ひもがとおしてあった。
首の後ろでは、紐を結ぶ気配がする。
「ノ、ノアさん?」
「これは、あなたを守るための魔心石。もし、何か危険が迫ったらこれを握って強く願って。」
「願う…………。」
「だから、大丈夫。」
ノアさんが私の真正面に移動する。微笑んでいるわけでもないのに、その無表情が私にはすごく優しく見えた。ノアさんは、私の頭を軽く撫で、小さい鞄と杖を持って部屋を出て行った。
私は、一人残された部屋で、ずっと首に下げた青い石を不思議な気分で眺め続けた。
投稿が遅くなってしまい、申し訳ございません。(ちょっとスランプ気味です。)
次回はいつになるかわかりませんが、8月の中旬までには投稿したいと思います。
それと、登場人物がもう少し増える予定です。
読んでくださってありがとうございました。次回もよろしくお願いします。