第4章 2日目
私が、ノアさんの背中に軽くつかまり、涼しいくらいに吹き付ける風を感じながら、バイクの後ろに乗っている。ちなみに、地面を走っていて、初めて会ったときみたいに浮いてはいなかった。
(安心したような、少し残念なような……。でも、落ちたら怪我しそうだし、地面を走ってくれてよかったのかな。)
そんな事を考えている間も、ノアさんが運転するバイクは走り続ける。私は、初めて乗るバイクに多少興奮していた。昔から、少し憧れていたのだ。
(うわ~、結構速いよー。楽しーーー。)
それに不可抗力で、今、ノアさんの背中に抱きついている形になるのだが、柔らかい茶色いマントごしから、なんとなく体温が感じられて、それにも少しドキドキしていた。
バイクでいくら走っても、景色は変わらず、植物や動物、水さえ見当たらない。ただの乾いた大地が広がっていた。そこには、人が住めそうにもない。
(魔女とかって、森に住んでいるイメージなのにこんな乾いたところに住んでるのかな?まさか、魔法さえあれば、どんなとこでも住める、みたいな?)
何時間、乗っていたのだろうか。ずーっと同じ姿勢なので、体中が凝ったなとそう思い始めたとき、バイクはゆっくりと停車した。だが、周りには何も見当たらない。
ノアさんが、後ろを振り向く。
「今日は、ここで野宿する。」
「の、野宿、ですか?」
「そう。」
「この世界って、もしかして町とかないんですか?」
「いや、ちゃんと存在する。ただ、町に入る前にあなたに話さなければならないことがある。」
「えっ?まだ、何かあるんですか?」
「とりあえず、座って。」
そう言うと、またもや、ノアさんは野宿の準備というか、布を敷き、焚き火を起こしてくれた。
私は、すっかりむくれた足を伸ばしながら座った。
「ふぅ~。」
「疲れた?」
「えっ、あっ、ちょっとだけ。」
「そう。」
ノアさんは、なぜか私の脚をじっと見る。そして、いきなり手を伸ばして触ってきた。
「あっ、あの、ちょ、く、くすぐったいですよー。」
さわさわといった感じで、微妙な力加減で触ってくるので、かなりくすぐったい。
私が悶えているのを気にせず、ノアさんはウエストポーチらしき鞄から、青い葉っぱのような形をしたものを2~3枚取り出した。
「それ、どうするんですか?」
「これを足に貼ると疲れがとれる。」
「へ~。なんていう葉っぱなんですか?」
「サルロン草という。」
「そういえば、私、この世界に来てから、植物を全然見ないんですけど。そういうのってどこに生えているんですか?」
「ここの区域は特別。何もない乾いた場所。乗り物に乗っていない限り、普通、ここには足を踏み入れない。だから、違う場所には森や湖がある。この葉は、川の上流にしか生えない植物から採取したもの。」
「じゃあ、もしかして、あのままあそこにいたら…………。」
「確実に死んでいた。ここに何も持たずに来るなんて無謀。」
「…………うわ~。これが本当に危機一髪ってやつですか。」
「それは少し意味が違う。」
「あっ、…………すいません。」
まさか、こんな所に来てまで、国語のようなことで怒られるとは思っていなかった。私って緊張感なさすぎ。
(んっ?そういえば…………。)
「あの、ここって日本語で通じるんですか?ノアさん、普通に喋っていますけど。」
「あぁ、私は日本語を話しているが、他の者は話せない者が多い。ここには、ここの言語が存在する。」
「なんでノアさんは話せるのですか?」
「それは、昔に習っていたから。だから、町に入る前にあなたには魔法をかける必要がある。」
「わ、私に魔法?」
「そう、言語を理解する魔法。あなたにかけるという表現は適切ではないかもしれない。あなたの中に魔法を入れるという表現の方がわかりやすい。」
「魔法を入れる?」
「そのことについては、あとで話す。それともう一つ。」
「はい、なんですか?」
「この世界で、あなたが人間だと知られるのはまずい。」
「えっ?」
「だから、あなたは名前しか名乗ってはいけない。名字はあまりに我々のものとかけ離れているから。」
「は、はぁ。」
「人間だと知られないために細心の注意を払って。もし、バレてしまったのなら大変なことになる。」
「た、大変なことってなんですか?」
「聖魔隊に捕まる可能性がある。」
「聖魔隊ってなんですか?」
「あなたの世界でいえば、警察のようなもの。魔界の平和を司っている機関。」
「け、警察!?つ、捕まったらどうなるんですか?」
「最悪の場合、永遠に牢獄から出られなくなるか、もしくは、命を奪われる。」
「そ、そんな……。ど、どうして?」
「昔に、人間界で魔女が大量に殺された歴史があるから。今でも、人間を憎んでいる魔界人は多い。人数的には、半々といったところ。」
「あっ、それ、知ってるかも。魔女狩りのことですよね?」
「そう。でも、あなたが自分で話さない限り人間ということは分からない。ほとんどの魔界人と人間は見た目が変わらない。」
「でも、魔法が使えなかったらバレるんじゃ?それに目の色とか?」
「それも問題ない。魔界人には魔法をほとんど使えない者もいる。詳しく調べられない限り大丈夫。瞳の色は人間界みたいに色々あるだけ。あなたみたいな黒い瞳の魔界人もいるから。」
その話を聞き、ひとまず私は安心した。いきなりこの世界に来させられて、殺されるのはごめんだ。しかも、それがかなり昔に起こった歴史のせいなんて、不幸すぎる。
私は、無事に日本に帰れるのかな。ちょっと心配だ。たぶん、あまり目立つ行動はできないだろう。
ちらりとノアさんをみると、何やら野球ボールくらいの綺麗な青色の石を鞄から取り出していた。
「あの、それは?」
「さっき言った、あなたの中に入れる魔法。魔心石と言われるもの。」
「どうやってそれを私の中に入れるんですか?」
(まさか、飲み込めなんて言わないよね?)
「お腹を出して。」
「へっ?」
「服をめくって、お腹を出して。」
ノアさんは何の感情も込めず、さらっと言ったので、一瞬私は何を言われたのか分からなかった。あまりに表情が乏し過ぎでしょと少し思う。
「せ、セクハラですよ!!」
「セクハラ?」
私が頬を赤く染めながら、お腹を抑えてそう言うと、ノアさんにはさすがに知らない言葉だったのか、少しだけ首を傾けた。
「それはどういう意味の言葉?」
「いや、そ、その、特に意味はないので気にしないでください。」
「……そう。」
気のせいなのだろうか、ノアさんがちょっと拗ねている気がする。基本、無表情なので分かりにくくはあるが、不満そうな顔をしている気がするのだ。だか、そんなちょっとした変化もすぐに消え、また私に同じ言葉を繰り返す。
「早くお腹を出して。」
「は、はい、分かりました。」
私は観念して、制服の裾をめくってお腹をみせた。
ノアさんはそこにさっきの青い石を当てる。冷たい感覚がして、私はビクッととした。
そして、ノアさんは腰のベルトについていた杖を引き抜いて私、というか、その石に向ける。
「コハラン、ティティアール。」
そう呪文を唱えた瞬間から、私のおへそのあたり、石を押し付けられている部分がどんどん熱くなるのがわかった。それはもう、やけどをしてしまうのではないかと思うくらいに熱くなっていく。
「……熱っ。」
「少しの間、我慢していて。」
そう言いながら、ノアさんは石をぎゅうっと押しつけてくる。
熱い、お腹が熱い。それに、なんか奇妙なものが身体の中に入ってきているような感覚がする。
(な、なに、これっ?)
燃えるような熱さに私は後ずさりそうになるが、がっちりとノアさんの左手に抑えられていた。
グググゥとお腹に抑えつけられている感じがひと際強くなると、じわりと完全に体の中に何かが入った感覚がした。見ると、あれほどに熱かった石がいつの間にか消えていて、そのかわりに私のおへその内側がじんわりと熱を持っている。
「気分が悪くなったとか、変な感じはしない?」
「え、えっと、はい。大丈夫です。」
「そう。」
「あの、さっきの石は?」
「見ていなかった?あなたの身体の中に入れた。」
そう言われ、驚きと共に、お腹に触れる。さっきは固く目を閉じていたので、何が起こったのか全く分からなかった。
「これであなたは私たちの言語を理解できるようになった。言葉を話すことも聞くことも読むこともできる。でも、書くことだけはできない。」
「そ、そうなんですか。」
私は、まだなんだか不思議な気分がして、ぼーっとなる。
なんて言っていいのかさえ、考えられない。でも、これだけは聞いておかなければと口を開く。
「私の身体に悪影響とかないんですか?」
「ない。魔心石は古くから使われているもの。安全性は確認済み。それに、私が魔力を込めたものだから。」
「ノアさんが?」
「そう。悪意を持った魔力を入れれば、身体に何らかの影響があるかもしれないが、私にそんな意思などない。」
私の中にノアさんの魔法が込められている石が入っている。そう思うと、なぜか安心したような気持になるから不思議だ。まだ、会ってから全然時間もたっていないのに、私はノアさんのことを結構信頼しているらしい。
いつの間にか、答えは出ていたのだ。ノアさんはいい人で、信用していいと。そう私は、無意識に気づいていた。だから、あんなにごちゃごちゃ考える必要なんてなかったんだ。あまつさえ、助けてくれた本人に聞いてしまうなんて、愚かにもほどがあるだろう。
私は、寝転がりながら、空を眺めた。もう夕方なのだろう、二つの月の片方が、だんだんと光を失っていき、周りも暗くなっていった。淡く輝く月を眺めていると、今、人間界ではどうなっているのだろうという考えが、浮かんできた。
家族は心配しているのだろうか?それに、相馬も。何も言わずにこちらに来てしまった私は、きっと行方不明になっていると思う。あまり考えないようにしていたが、最低でも帰るのに数年かかってしまうかもしれないのだ。人間界への道が開くまで。
(はぁー、無事に帰れるよね……。)
「これ、食べて。」
すると、私の目の前にまたもや缶詰があった。身体を起こすとノアさんが私にユーラの缶詰とサク茶を差し出していた。
「あっ、すいません。ありがとうございます。」
私が慌てて受け取ると、ノアさんは私が持っているユーラの上に、ドロッとした透明な液体をかけた。
「えっ!あ、あのっ?」
「これは、イスタルという果物の果汁。ユーラが同じ味だと飽きるから考え出されたもの。少し甘くて、酸味もあっておいしい。」
そう言いながら、たっぷりと私のユーラにかけてくれた。
「は、はい、どうも。」
私は、それが見た目的に水あめみたいに見えて、かなり甘そうな予感がした。だが、返すわけにもいかないので、一口かぶりつく。
すると、
「お、美味しい…………。」
そう、とってもうまかった。例えるなら、レモンやグレープフルーツの果汁に砂糖を混ぜたものというのか、かんきつ系の味を甘くした感じだった。その甘さが絶妙で、いい具合に酸味とマッチしている。
ノアさんは、そんな私の表情を見てどこか満足そうに、うなずき自分もユーラを食べ始める。
そんな風にまったりと私たちは夕食を楽しみ、明日も早いということで私たちは早々と眠りについた。
第四章でした。少しづつ用語?みたいなものが出てきましたが、詳しい説明はとりあえず、もう少し溜まったらまとめて説明したいと思います。
次回は、七月末くらいになってしまうと思います。時間があれば、早まると思いますので、次回もよろしくお願いします。