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第3章 帰れない理由

この章から、日向視点となります。

私はそよそよした風を感じてはっと、意識が覚める。ゆっくりと瞼を開けると、そこには光に満ちた世界が広がっていた。


(あれって月、だよね……?)


周りに満ちている光の出所は、太陽ではなく、夜には淡く光っていたはずの二つの月の片方だった。

その光は太陽のように、辺りを温かく照らしている。これがこの世界の朝なのかと思った。


「起きた?」


私のすぐ隣から声が聞こえ、驚いて飛び起きると、身体から毛布が滑り落ちた。そして、横を向けば、目の前には昨日出会った女の人が座っていて、杖みたいなものを白い布で磨いていた。その顔は温かい光に照らされているからなのか、昨日より優しい印象がした。


「あっ!!えっ、す、すいません。私、寝ちゃったみたいで。」

「別にかまわない。」

「でもっ、何か説明してくれようとしていたのに。」

「時間なら十分ある。」

「そ、そうなんですか……。」

「まずは、何か食べた方がいい。」


そう女の人は無表情で言う。思えば、私は彼女の感情を出した表情を見たことがないようなと、そんな事を思っていた時、私のお腹は大きくグゥーと鳴った。


「あっ…………。」


ちょっと恥ずかしくなり、お腹を押さえるが、女の人は何も気にしてない様子で、昨日鞄から取り出していた二つの缶詰を掴んでいた。


それを地面に置き、さっきまで磨いていた杖を向ける。


「ウーベン。」


と、また短い呪文らしき言葉を唱えた。すると、両方の缶詰のふたがカパッと開いた。中を除くとパンみたいな少し茶色いフワフワしたものが入っている。女の人は一方の缶詰を私に渡してくれた。


「あの、これはなんですか?」

「ユーラと言われるもの。この世界の保存食の定番。」


そう答えながら、彼女は水筒のようなものを取り出し、私の横に置いてあったカップに注ぐ。

その間、私はまじかにある女の人をみつめる。昨日は顔しか見る余裕がなかったが、今、冷静になってみてみると、たぶん、歳は20代前半くらいで、恰好は、茶色いマントみたいなのをつけていて、中には白いシャツと黒い柔らかそうな生地のズボンをはいていた。首には月をモチーフにしているようなデザインのペンダントをヒモでぶら下げている。


(この人は一体なんなのだろう。私を助けてくれるのかな。綺麗な人だけど、表情がなくてちょっと怖い。でも、きっといい人だよね。見ず知らずの私にここまでしてくれているんだもん。)


「その飲み物はなんて言うんですか?」


私は少しだけ余裕がでてきて、色々聞きたい気分になっていた。それに女の人は、感情は表に出ないし、言葉数も少ないが、私の質問には必ず答えてくれていた。


「これは、サクの実とお茶を混ぜ、煮出したもの。サク茶という。」

「お茶って、この世界にもあるんですね。」

「ある。そっちの世界からこっちに来たものだと言われている。」

「えっ?私たちの世界からですか?」

「そう。」


(といことは、もしかして、私が知らなかっただけで、向こうとこっちにはつながりがあったのかもしれないな。)


「これを食べたら、話をする。それに、色々と聞くかも知れない。」

「は、はい、分かりました。」


そう言って、私はユーラにかぶりついた、見た目どおりにパンと同じような味がする。そして、サク茶をいただく。昨日も飲んだが、このお茶は結構気に入ったかもしれない。


食事が終ると、女の人は立ち上がり、横に止めていた大型バイクに腰をかけた。私も立って、彼女のそばまで歩く。


「まず、あなたは何が聞きたい?」

「…………ここは、本当に魔界なんですよね?」

「そう、あなたの世界とは別の世界。」

「私は、帰ることができるんですよね?」


日向のその質問に女の人は昨日のようにまた、少し顔を曇らせる。


「できる。でも、今すぐに、とはいかない。」

「えっ……?どういうことですか?」

「…………。」


女の人は、私の顔をまっすぐ見た。二人の視線が交わる。私は、目をそらすことをしなかった。ここで、逃げてはいけないと感じたから。ここで視線をそらしたら、何かに負ける気がした。


「それを説明する前に、この世界のことを少し話さなければならない。」

「…………はい。」

「この世界は、みな魔法を持っている。つまり、魔女か魔法使いしかいない。そして、人間はこちらの存在を認識していない。だが、私たちはときおり向こうへ行くことがある。」

「それって、帰る道があるってことですよね?」

「そう、あるにはある。でも、今はその時期ではない。」

「時期?」

「人間界に行くには、不規則に開く道を予知して、そこから行く。」

「えっ?で、でも、私、向こうでは魔法ですぐに穴を開けていたみたいなんですけど?」

「人間界からこっちに来るのは、自由。呪文さえ、きちんと唱えれば魔界に来ることができる。でも、こちらから向こうに行くのは、魔法では無理。人間界につながる道が現れるのをただ、ひたすらに待つしかない。」

「そ、そんな…………。」

「そして、道はつい最近、開いたばかり。当分は開くことはないはず。」

「…………それは、どれくらいの頻度で開くんですか?」

「数年に一度の割合。」

「数年…………。」


私には、心の奥底ではすぐに帰れると思っていた節があった。なのに、今ここでそんな甘い考えは粉々に吹き飛ばされた気分だった。


(そんなことってないよ。私、これからどうすればいいの……。)


「あなたの名前は?」

「わ、私は芦屋(あしや)日向です。」

「ここに来たときのことを詳しく聞かせてほしい。」

「えっ?あっ、はい。えっと、私は学校の帰りに山に登ったんです。それで、ベンチに座ってたら、何か音がして女の子が上から落ちてきました。その女の子は、ルーナって名乗っていて、自分は魔女だって言ったんです。そして、私にぶつかったお詫びに願いをかなえてくれるって。私はそれが冗談だと思って、遠い場所に行きたいと言ったら、なんか知らない言葉を唱え始めて、いきなり空に黒い穴が現れて。そのまま、私は吸い込まれて、気がついた時には、ここにいました。」


私が話し終わるまで、女の人は、ただただじっと話を聞いていて動かなかった。


「あの……?」

「その女の子は、ルーナと言った?」

「は、はい。もしかして、知り合いですか?」

「いや、違う。でも、子供だったのなら、その子はまだ見習い。」

「そういえば、自分で見習い魔女だって言ってました。」

「やはり。だが、まさか見習い魔女がこんなことをするなんて、規則違反なはず。」

「規則?」

「そう。そもそも、人間に直接魔法を使うことは、特別な事情がある場合以外、許されていない。見習いなら、なおさら、その権限はない。」

「そ、そうだったんですか。」

「あなたは、運がいい。きっとその魔法はかなり危険だった。五体満足でここに来れたのは奇跡と言っていい。」

「…………。」


私は、自分の背筋に冷あ汗が伝っていくのがわかった。どうやら、知らないうちに危ない橋を渡っていたらしい。


(ルーナちゃん、そんな危ない子だったのか。人は見かけによらないって本当なんだ。あんなに可愛かったのに。いや、……そんなこと言ってるからこんなことになったんじゃ?……これからは、気をつけよう。)


「そんな顔しなくていい。」

「えっ?」


私が沈んだ顔をしていたからなのか、そう女の人は言った。私の瞳をただ真っ直ぐ見つめている。


「私が元の場所に戻すことはできないが、それができる人物を知っている。事情を話せば、必ず助けてくれる。」

「は、はい…………。」

「だから、私がそこまで連れていく。」


そう言う彼女の声や表情からは、何を考えているのか読み取ることはできなかった。でも、今の私はこの人に頼るしか選択肢がない。


「お、お願いします。」


最後に、女の人はうなずくと、腰をかけていたバイクから離れ、地面に敷いていた布や缶詰を片づけ始めた。

でも、私は、まだ何か聞かなければならないことがあるような気がして、長考した。その結果、女の人の片づけが終わるまで、ひたすら彼女を見つめているという状態になってしまった。よくよく考えたら、怒られても不思議じゃないくらい、ぶしつけだった様に思う。


「じゃあ、そろそろ出発する。」


だが、やはり女の人には気にした様子のかけらもなく、ヘルメットに手をかけようとした。でも、その前に私の声が出ていた。


「あ、あの、あなたは、何者なんですか?やっぱり、魔女なんですか?それに、どうして私を助けてくれるんですか?」


気づいた時には、私は急かすように彼女に質問を浴びせていた。こんな不安な気持ちのままじゃ、彼女と一緒にはいられないという思いからだ。


「質問は一つずつ。」

「えっ、は、はい。すいません。えっと、あなたは、何者なんですか?」

「私の名は、ノア。旅人。」

「た、旅人ですか?」

「そう。」


まさかの職業だった。日本人の私には考えられない。でも、その何にも縛られない、自由な職業がちょっと羨ましかった。


「それと、私は魔女ではない。」

「えっ?で、でも、ここには魔女と魔法使いしかいないって。」

「確かにそう言った。そして、私も昔は魔女だった。」

「なら、今は何なのですか?」

「今は、ただの旅人。」


そう言った彼女の表情は微動だにしない。ただ唇だけが淡々と事実を告げている感じだった。


「最後の質問には、答えない。」

「えっ?」

「あなたを助けた理由は、言いたくない。」


私はここで彼女から初めての拒絶を受けた気がした。でも、不安を抱いたり、答えてくれない憤りみたいな感情はない。ただ話す必要がないと彼女が判断したのだから私は何も言えないと思った。


「でも、軽い気持ちで助けた訳じゃない。それと、あなただから助けた訳でもない。」

「じゃあ、これだけ聞かせてください。私は、あなたを信じていいんですよね?」

「それは、あなたが決めること。私が決めることではない。でも、私にはあなたを裏切る気はない。」


確かにそうだ。これは私自身の問題。彼女に聞くことではない。それに、たとえ彼女が自分を信じろと言ったところで私はそれを素直に信じていたのだろうか?


今の私は、右も左も分からないのだ。元の世界に戻るためには誰かの助けが必要不可欠。それを差し伸べてくれる人の手を払う理由はない。


「もう、聞きたいことはない?」

「あっ、えっと、ノアさんって呼んでもいいですか?」

「好きにするといい。」

「は、はい、ありがとうございます。」

「じゃあ、バイクの後ろに乗って。」


そう言うと、ノアさんはヘルメットを私に投げ、自分もヘルメットとゴーグルをつけた。そして、慣れた様子でバイクにまたがる。私もヘルメットをかぶり、ポケットに携帯が入っていることを確認してから、彼女の後ろに座った。


もしかしたら、ここは本当は私が望んでいた世界なのだろうか?

でも、あれほど嫌っていたのに、遠い場所に行きたいと願っていたのに。なのに、今、私は早く帰りたいと望んでいる。


私の居場所へ帰りたいと……。


第3章、投稿いたしました。

次は、三連休の時に投稿できたらなと思います。

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