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第五話 二・二五事件

 呉で新戦艦の建造が静かに進むその同じ朝、東京では、帝国の進路そのものを揺るがす大事件が起ころうとしていた。軍縮条約に強い不満を抱いていた海軍の若手過激青年将校の一部は、すでに数年前から、北一輝の思想に強い影響を受けた陸軍青年将校と接触を重ねていた。彼らが掲げた大義は、あまりにも明快で、そして危ういものだった。

「君側の奸を討ち、

天皇親政を取り戻す」

 皇道派陸軍青年将校と、艦隊派の中でも最も急進的な若手海軍将校が、ついに結びついた瞬間であった。


決起

二月二十六日未明。

およそ千五百名規模の部隊が、トラックに分乗し帝都へ進出した。銃剣を構え、機関銃を積み、雪の残る都心を走るその光景は、明らかに「抗議」や「示威」の域を超えていた。 

 彼らは次々と中央官庁、要所を占拠し、政治中枢に直接圧力をかける。これは、国家権力を軍の実力で塗り替えようとする、明確なクーデターであった。


 事態を知った天皇陛下は激怒された。その意思は即座に伝えられ、陸軍・海軍の双方に対し、反乱の即時鎮圧が厳命される。

 これにより、事態は決定的に転じた。陸軍内部でも反乱軍は孤立し、海軍は一切の曖昧さを排して政府側に立つ。市街地の一部では銃撃戦も発生し、死傷者が出る混乱となったが、数日のうちに反乱は完全に鎮圧された。 


 しかし、その代償は小さくなかった。高橋是清大蔵大臣は暗殺される。文民統制を支えていた政治基盤は致命的な打撃を受け、そして海軍にとって、決して軽視できない出来事が起きていた。軍縮を主導し、条約体制の象徴的存在であった山本五十六が襲撃を受け、命こそ取り留めたものの、重傷により長期入院を余儀なくされたのである。

 この事実は、軍内に静かな衝撃を走らせた。軍内部への影響――人事という名の断層

表向き、海軍は「反乱への組織的関与はなかった」とされた。しかし、身内から反乱分子を出したという事実は、何よりも重く受け止められた。処分は、反乱に直接関与した者に限られない。

左遷

降格

予備役編入

中枢からの排除

といった、例外的人事措置が広範に発動される。象徴的なのは南雲忠一が出世街道を外され、中国戦線の砲艦艦長へと異動になったことである。

 その結果、海軍内部の勢力図は一変した。艦隊派は、一気に主導権を失った。過激な主張を公然と口にすることは、もはや許されない空気が形成されていく。

 山本五十六が前線・中枢から一時的に退いたことは、別の緊張を生む。それは、

航空主兵論 vs 戦艦主力論

という、海軍内部の根本的な思想対立であった。この論争は、抑制されるどころか、むしろ激しさを増していく。だが皮肉なことに、

この時点ではその矛先は播磨型戦艦には向かなかった。

 理由は明白だった。播磨型は、

条約内で

決裁済みで

すでに起工されている

**「既定事実」**だったからである。

さらに、艦隊派の急進的な声が後退したことで、播磨型は「過激な象徴」ではなく、現実的な主力艦として再定義されていく。

その結果、

三番艦

四番艦

の予算審議も、大きな波乱なく進むことになる。

 この日、銃声によって変わったのは政局だけではなかった。誰が語り、誰が黙り、誰が決断するのかそれが、静かに、しかし決定的に入れ替わったのである。

 播磨型戦艦は、この新しい空気の中で、

何事もなかったかのように建造を続けていく。だがその背後で、帝国海軍の「意思決定の重心」は、確実に移動していた。それが破滅への道か、救国への道か、誰も知らないまま。

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