第7話 好きだから、苦しくなる
梅雨の午後。
窓ガラスを叩く雨音が、教室を支配していた。
「櫻、そのプリント見せてー」
クラスメイトが櫻に笑顔で近づいてくる。
櫻も自然に微笑み返す。
――それだけのはずなのに。
視線の端で、
アネモネの表情が硬くなるのが分かった。
「ねぇ」
「なに?」
「櫻、さっきの子と……仲、いいの?」
「うん。優しくしてくれて……」
「そう。よかったじゃない」
アネモネは荷物を乱暴に置き、背を向ける。
「え……なにか怒ってる?」
「怒ってない」
「じゃあ――」
「怒ってないって言ってるでしょ!」
声の棘に、櫻の胸がざわついた。
「私、アネモネさんに友達ができたら嬉しいよ」
「……櫻は優しいね。
誰にでも」
その言い方に
櫻の心がズキン、と痛む。
「アネモネさんは違うの?」
「違わない。
櫻に笑ってくれたら嬉しい。
でも、それが私じゃなくてもいいんでしょ?」
「そんな、こと…」
「私、置いていかれるのが一番嫌なの」
アネモネの瞳が震えていた。
「櫻、私が怖い?」
「怖くない…!
でも……苦しくなる」
「苦しい?」
「うん。
アネモネさんが怒ると、全部自分のせいな気がして」
言葉が雨音に溶けていく。
「そんなの、私だって――」
アネモネは耐えきれなくなったように
傘も持たず寮を飛び出した。
「アネモネさん!!」
櫻も後を追う。
濡れた地面、冷たい雨。
でも、そんなの構っていられない。
「アネモネさん、待って!」
「来ないで!」
「嫌だ!」
櫻は勢いのまま、アネモネを抱きしめた。
「離してよ…!」
「離さない!」
二人とも震えている。
心がむき出しで、痛い。
「アネモネさんがいないと私、だめなの…!」
「私だって……櫻がいないと息できない!」
雨音の中で、ふたりだけの声が響く。
「櫻、見捨てない?」
「見捨てないよ」
「本当に?」
「本当」
アネモネの手が、櫻の頬に触れる。
「じゃあ……確かめさせて」
濡れた唇が、ゆっくり近づく。
櫻は目を閉じ、受け入れようとした――
すんでのところで、アネモネの指が櫻の唇に触れた。
「……今日はここまで」
「え?」
「この気持ち、急いで壊したくないの」
アネモネは震えながら微笑う。
「櫻とちゃんと恋したい。
焦りじゃなくて」
櫻の涙が、アネモネの肩に落ちる。
「私も……ちゃんと恋したい」
「じゃあ、帰ろ」
手を繋ぎ直す。
雨はまだ止まない。
でも、二人の距離はもう雨も割り込めない。
“怖い”の正体は、恋だった。
傷つけ合うほど、大切になっていく。




