第4話 火照りは花火のせいじゃない
五月の夕暮れ。
吉備高原に赤紫の空が落ちていく。
寮の部屋。
二人は向かい合って座っていた。
「…櫻、どうしてそんなに緊張してるの」
「えっ…アネモネさんこそ真っ赤だよ…?」
「……っ、これは暑いだけ」
櫻は、アネモネの膝の上に乗った浴衣の帯に目を落とす。
「帯……結んであげるね。背中、失礼します」
「さ、櫻の手が冷たい…」
「緊張してるから…」
「私もよ」
帯を結ぶ櫻の指先が、
アネモネの背筋をゆっくりなぞった。
「ひゃっ…!」
「ご、ごめん!」
「…責任取りなさい。最後までちゃんと結んで」
拗ねた声が可愛すぎて、櫻は顔を覆った。
提灯が揺れ、屋台から甘い匂いが漂う。
「すごい…こんなに賑やかなんだ」
「櫻、離れないでよ」
気づけばアネモネが櫻の手首を掴んでいた。
強く、だけど震える指。
「手、つなご?」
「……お願い」
その一言が、胸を締め付ける。
射的、焼きそば、かき氷。
どれも初めてのアネモネは、ほんの少しだけ笑っていた。
「アネモネさん、口元にシロップついてる」
「あっ、やだ…」
「拭くね」
櫻の指が、アネモネの唇に触れた瞬間――
アネモネの目が見開かれ、
頬が一気に火照る。
「…触る前に言いなさいよ」
「…言ったら逃げるでしょ」
「逃げない。逃げないけど……
櫻が触ると、変になる」
「変って?」
「心臓が…痛いの」
その告白が、櫻を撃ち抜く。
夜空へ、光が咲く。
アネモネは櫻の腕にしがみつき、
花火を見るふりをして櫻の横顔を見つめていた。
「櫻」
「なに?」
「手、もっとぎゅってして」
絡めた指を、アネモネは自分から絡め直す。
離れられないように。
「わたし、怖いの。
こういうの…初めてだから」
「大丈夫。私がいるよ」
「…櫻は、どこにも行かない?」
「うん。行かないよ」
「ずっと?」
「うん、ずっと」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃない」
アネモネの瞳に
花火が映り、涙がきらりと揺れた。
「櫻がとなりにいてくれるなら…
ここに居てもいいって思える」
櫻はそっと、アネモネの頭を胸に抱いた。
「ここがアネモネさんの居場所だよ」
アネモネは震えた声で囁いた。
「…櫻、好きになってもいい?」
花火の音に掻き消されてもいい。
届けばそれでいい。
「私も…アネモネさんが好き」
抱きしめる腕に力が入る。
夜風が二人を撫でても、
体温は離れない。
―これは恋だと、夜空に教えられた。
まだ不器用で、でも確かな恋。―
手を繋いだまま帰る。
誰にも見せたくない顔を、互いにだけ見せながら。
「…櫻、今夜も隣で寝ていい?」
「うん、もちろん」
花火より近い距離で、
二人の秘密の夜が始まる。




