第3話 まだ名前のない気持ちを連れて
週末の午後。
寮の前に、スクールバスが停まっていた。
「吉備中央町のショッピングセンターまで、
買い物したい人は集合してくださーい!」
寮母の声に、生徒たちが次々と乗り込んでいく。
櫻はスマホを握りしめ、
部屋の前で深呼吸した。
小さく覚悟を決めてドアをノック。
「アネモネさん、あのっ」
ドアが開き、金の光を纏う横顔。
「……なに」
「い、いっしょに買い物、行かない?」
「……」
アネモネのまつ毛が少し揺れた。
「別に。暇なだけ」
「う、嬉しい!」
「……そういう顔、やめて」
イヤそうに言うけれど、
制服のリボンはいつもより丁寧に結んでいた。
席は自然と隣同士になった。
外の景色を見ているアネモネの指先が
ほんの少し、櫻の手に触れる。
それだけで心臓が痛いくらい跳ねる。
「退屈なら話してよ。
櫻はずっと黙ってる」
「っ……アネモネさんが怒ってないかと…」
「怒ってない。ただ……」
「ただ?」
「……ドキドキ、するだけ」
小さな声。
でもはっきり聞こえた。
窓の外の風より、胸の音の方が大きい。
自動ドアが開き、
ひんやりした空調の風が二人を包む。
「人、多い……」
アネモネは櫻の袖を
そっと、でも離れないように掴んだ。
「大丈夫。迷ったら手、つなご?」
「っ……しない」
口では拒否。
でも袖を握る指が、少し強くなる。
「櫻、これ似合いそう」
アネモネが手に取ったのは、桜のチャームがついたキーホルダー。
「かわいい……」
「名前、櫻でしょ。
……あげる」
「え、いいの!? ありがとう!」
「……色違い、買うから」
アネモネの手にはブルーのアネモネ柄。
「おそろいだね」
「………そうね」
嬉しさを誤魔化すように、視線をそらす。
テーブルで向かい合うと、
アネモネはストローを見つめたまま口を開いた。
「櫻は…前の学校、楽しかった?」
「ううん。
人の輪に入れなくて、逃げたの」
「……似てる」
アネモネは微かに笑う。
「ここは“やり直せる場所”なんだって」
「櫻がいるなら……
たぶん、そう」
視線が絡む。
喉が鳴るほど近い。
夕陽が差し込む中、
アネモネの肩が櫻に寄りかかる。
「眠いなら、寝ていいよ」
「……櫻、いる?」
「うん」
「ここに?」
「ずっと」
答えると、アネモネは安心したように瞳を閉じた。
櫻はそっと、彼女の髪を撫でる。
バスの揺れに合わせて
二人の距離は、もうゼロだった。




