第19話 未来が冷たく震える音がした
冬休みが明け、
寮の朝は白い吐息で満ちていた。
「櫻、マフラーちゃんと巻いて」
「え、アネモネこそ寒そ――」
「私は櫻が寒い方が嫌」
「……ありがと」
こうしていつものように手を繋ぎ、
ふたりの距離はいつもどおり近い。
けれど――
アネモネの横顔は少しだけ不安に曇っていた。
「アネモネ?大丈夫?」
隣の席で、アネモネは珍しくぼんやりしていた。
ペンが止まったまま。
「……ん。ちょっと夢見てただけ」
「どんな夢?」
「……嫌な夢」
それ以上は語らなかったが、
櫻は指先に力が入った。
放課後、寮の部屋。
「櫻の服、洗濯物に入れとくね」
「ありがとう、アネモネ」
「……うん」
会話は噛み合っているのに、
どこか遠い。
「ねえ、アネモネ」
「なに?」
「最近、ちょっと元気ない」
「そうかな」
笑顔のフリ。
櫻は気づいていた。
「私にできることある?」
「櫻はいつも十分だよ」
「十分じゃない時があるなら、言って」
「……言えない時の方が多い」
「どうして?」
「櫻が、困るから」
櫻の心臓が刺されたように痛んだ。
「困ってもいい。
一緒に困るから」
アネモネは櫻の右手薬指に触れた。
「この指輪……重くない?」
「全然重くないよ?」
「櫻の未来まで縛ってしまいそうで」
「縛っていいよ。
私もアネモネを縛るから」
アネモネは一瞬、目を見開く。
そして――笑えなかった。
「……優しいね」
優しいと言われたのに
胸が寒くなるのはどうしてだろう。
櫻は水を飲みに立ち、
戻る途中でアネモネのベッドが空なのに気づく。
「……アネモネ?」
静かに廊下へ。
薄暗い非常灯の下、
アネモネが膝を抱えて座っていた。
「アネモネ!! 寒いのに、なんで――」
駆け寄る櫻に、
アネモネは驚いた顔をして笑った。
「櫻、起きちゃった?」
「“起きちゃった”じゃないよ……」
櫻はそっと肩を抱く。
「言って。ひとりで苦しまないで」
「櫻に見られたくなかった」
「どうして?」
「泣き顔ばっかり見せたくない」
「見せて。全部見せてよ」
「櫻が優しいと……
もう手放せなくなる」
掠れた声。
「手放さなくていいよ?」
「もし離される未来が来たら、
私、壊れるから」
「離れないって言ったよ」
「言葉じゃ足りない」
「櫻」
「なに?」
「もし私が――いなくなったら、どうする?」
「いなくならないよ?」
「もし、本当になくす時が来たら……
櫻はどうする?」
「絶対に……探す。
命がけでも連れ戻す」
「櫻がそう言ってくれる限り、
私、生きていられる」
震えた指先が、
櫻の指輪を掴む。
愛する人ほど、
失う恐怖も深くなる。
その未来を予感できるほど、
今が幸福すぎる。
ふたりは抱き合ったまま、
夜が明けるまで離れなかった。
だが――
朝の光は、優しくなかった。
別れは、もう歩み寄ってきている。
櫻はまだ知らない。




