第17話 アネモネの家、櫻の知らない痛み
年末。
寮は静まり返り、二人の荷物だけが残っていた。
「アネモネの家に行くの、緊張するな……」
「大丈夫。櫻が隣にいれば」
そう言いながら、
アネモネの握る手は少し強かった。
海風の香りがする街。
アネモネの実家は、
どこか“異国”の気配がした。
「ただいま」
玄関でアネモネが小さく呟くと、
奥から鋭い声。
「やっと帰ったと思えば……その子は誰だ?」
アネモネの父。
外国籍の血を色濃く持つ、厳しい瞳。
「櫻です。私の……大切な人」
「“友達”だろう?」
言い切られた。
そこには否定が込められていた。
「入れ」
冷たい風のような言い方だった。
櫻は会釈し、
アネモネはその背を庇うように前に立つ。
テーブルには豪華な料理。
だが空気は冷えたまま。
「アネモネが学校で迷惑をかけていないか?」
「すごく頑張ってます。
友達も多くて……」
「ほう。だが“問題児”には変わるまい」
櫻のフォークが止まる。
アネモネは下を向いたまま、
静かに指輪を握りしめた。
その指輪が、
櫻に「助けて」と叫んでいるように見えた。
「アネモネは、優しくて……頑張り屋で……」
「櫻」
アネモネが、首を振る。
これ以上、櫻を巻き込みたくなかった。
二人の寝床は離されていた。
父の監視があるから。
壁越しに、アネモネの小さな声が聞こえる。
「櫻……隣にいないと、
息の仕方を忘れそう」
櫻は壁に手を当てた。
「ここにいるよ。
離れない」
「うん……
おやすみ、櫻」
「おやすみ、アネモネ」
眠れなかった。
アネモネの孤独が、胸に刺さって。
幸せな家だけが“家”じゃない。
愛した人が踏みしめてきた痛みこそ、
一緒に背負いたい。
帰省は続く。
しかしその先――
櫻はまだ知らない。
アネモネが抱えている
“別れの影”を。




