第14話 あなたの家に、私はいていい?
文化祭が終わって数日後。
秋風が少し冷たくなった頃。
「全員帰省、一週間ねー!」
寮監の声が響く。
途端、アネモネは櫻の袖をきゅっと掴んだ。
「櫻は……帰るの?」
「うん、家が近いから。
でも――」
櫻はアネモネの手を包む。
「アネモネも一緒に帰ろ?」
「いいの……?」
「いいよ。
アネモネを一人にしたくない」
「……櫻」
瞳が少し揺れて、
アネモネは小さく頷いた。
「ただいまー!」
「あら櫻、おかえり!」
お母さんの笑顔。
その後ろでアネモネは硬直している。
「こちらが……その、アネモネさん」
「はじめまして。
櫻と……仲良くしてます」
「仲良く……ねぇ?ふふ」
「お、お母さん……!」
アネモネの耳が真っ赤になる。
玄関から漂う味噌汁の匂い、
床のきしむ音、
櫻の私物が並ぶ棚。
全部――“櫻の毎日”だった場所。
布団が二組並べられた。
でもアネモネは櫻の布団に潜り込む。
「……アネモネ?」
「やだ。一人じゃ眠れない」
櫻は手を繋いだ。
「櫻の部屋、櫻の匂いがする」
「そう?」
「落ち着かない。
嬉しくて、苦しい」
アネモネは櫻の胸に額を寄せて囁いた。
「私だけが知らなかった場所だね、ここ」
「これから知っていけばいいよ」
「全部……?」
「全部」
「櫻の子どもの頃の話も?」
「うん」
「家族との思い出も?」
「うん」
「なら、嫉妬しちゃう」
ぎゅっと抱きつく腕が、強くなる。
櫻は小さな気配に目を開ける。
「アネモネさん……?」
布団の中で、声を殺して泣いている。
「どうしたの?」
「……ここ、いい場所すぎる」
「え?」
「櫻は幸せな家で育った。
みんな櫻を大事にしてる。
それが……羨ましいの」
喉が詰まるような声。
「私、こんな場所……
一度も持ったことなかったから」
アネモネの震えが櫻に伝わる。
「アネモネさん」
櫻はアネモネを抱き寄せ、
背を優しく撫でた。
「ここは、アネモネさんの場所にもなるんだよ」
「……勝手に思っていいの?」
「思っていい」
「許されるの?」
「許すよ。
だって私の恋人だから」
「櫻……」
「寂しかったら、帰ってきていい。
私の家がアネモネさんの家にもなるから」
アネモネは涙を拭わずに、
櫻の胸元で深く息をした。
「櫻の隣が、私の帰る場所ならいい」
「もちろん」
「なら、ずっとここにいたい」
「いて。ずっと」
“帰る場所”は、家じゃなくてもいい。
愛してくれる人がいれば、それでいい。
アネモネは、櫻の手を
眠りに落ちるまで離さなかった。




