第12話 恋人として、隣に立つ勇気
10月下旬。
廊下には、絵の具とテープの匂い。
「櫻ちゃん、これ背景の色どうする?」
「えっと、もう少し青を…」
同じ班の女子が櫻の腕を軽く引いた。
その瞬間――
「触らないで」
低い声。
櫻の背後に、アネモネ。
「アネモネさん…?」
「櫻は私の彼女。
無断で触らないで」
「あっ、ご、ごめんね櫻ちゃん!?」
女子が慌てて離れると、
櫻は苦笑しながらアネモネの肩に触れる。
「そんなに怒らなくても」
「怒るよ。
櫻に触られるのは私だけでいい」
「……嬉しいけど」
櫻はポスターの下絵を描き、
アネモネは色塗りを担当。
「すごい…ほんとに絵上手」
「櫻の手が導いてくれるから」
「そんな魔法みたいなこと言って…」
「魔法じゃない。恋よ」
櫻の耳はすぐ真っ赤になる。
「ちゃんと見てて。
櫻が描いた線、全部綺麗にするから」
「ありがとう。
アネモネさんの色、大好き」
「……ずるい。
そう言われたら、がんばるしかないじゃない」
筆先は丁寧で、優しい。
「櫻、ちょっと手伝って!」
「今いい?道具運び大変でさー!」
別グループの女子に両側から声をかけられ、
櫻は少し迷ってそちらへ向かおうとする。
アネモネの手が、櫻の袖を掴む。
「行かないで」
「え? でも…頼まれちゃっ――」
「いや」
短く、一言。
「櫻は私と一緒に作ってるの。
だから行かないで」
子どもみたいなわがまま。
でも――櫻にはたまらなく愛しい。
「わかった。
ずっと隣にいるから」
「……約束」
アネモネは少しだけ笑った。
日が傾き、片付けの時間。
「櫻、今日も……一緒に帰る?」
アネモネの声が不意に弱くなる。
櫻は少しだけ意地悪をして――
「帰るよ。
恋人なんだから」
「っ……!」
「アネモネ」
「ろ、ろれつ回ってる…?」
「呼んだだけ。
恋人の名前を」
アネモネは視線を伏せながら、
震える声で返す。
「櫻……」
「なに?」
「好き。
恋の意味で、もっと」
その表情は、
初めて会ったときの鋭さとは全く違う。
櫻だけに向ける柔らかい眼差し。
「手、出して」
アネモネは櫻の手のひらに、
指でゆっくり文字を書いた。
『す き』
「ちゃんと読んだ?」
「読んだよ。
ちゃんと伝わった」
櫻も指を握り返して書く。
『だ い す き』
「…櫻の勝ち」
頬を染めて笑う。
恋人になるだけで、世界がこんなに眩しいなんて。
名前を呼ぶたび、絆は深くなる。
文化祭が終わる頃――
二人の恋は、もっと明確な形になる。




