第10話 ただ隣にいて、触れられる温度を知る
部屋のドアを閉めた瞬間――
アネモネは櫻の手を掴んだ。
「ねぇ、櫻」
「うん」
「ちゃんと帰ってきたって……
触って確かめさせて」
櫻は微笑んで頷き、
アネモネの指をゆっくり握り返した。
アネモネのベッドに、ふたり並んで座る。
肩と肩が触れるだけで、息が止まりそう。
「隣にいてくれるだけでいいの」
「隣にいるよ。ずっと」
言葉が優しいだけじゃ足りない夜。
アネモネは櫻の肩にそっと頭を預けた。
「帰省中ね……
櫻の声、何度も思い出した」
「どうして?」
「忘れないように。
なくさないように」
囁きが震える。
櫻の胸がぎゅっと痛む。
アネモネの指が、
櫻の手の甲をなぞる。
「櫻のここ、私の場所にしていい?」
「もう、アネモネの場所だよ」
「だめ。
櫻がそう言ってくれるだけじゃ足りない」
指先がきゅっと絡む。
「私が、自分で刻みたいの。
“櫻は私の人だ”って」
「じゃあ……」
櫻はアネモネの手を胸元に導いた。
「アネモネの気持ち、ここに残して?」
「……ずるい」
「ずるくても、そうしてほしい」
アネモネは少し震えながら、
そっと櫻の胸元に額を寄せた。
「ほんとに……帰ってきた」
「帰ってきたよ」
「次に離れるときは……
ちゃんとぎゅーってしてからにして」
「じゃあ、今する?」
「あのね……
今は、ぎゅーだけじゃ足りない」
アネモネは櫻の肩に両腕を回して
一度、深く抱きしめた。
胸の鼓動が触れ合って、
ひとつの音になる。
「櫻」
「なに?」
「好き。
恋の意味で、ちゃんと好き」
「……私も。
恋の意味で、アネモネが好き」
同時に目を閉じた。
唇は触れない。
でも数センチの距離に、
言葉より強い気持ちがある。
“まだキスをしない勇気”が
二人を恋人未満に留めてくれる。
でももう、戻れない。
「おやすみ、櫻」
「おやすみ、アネモネ」
同じ布団のなか、
繋いだ手だけ離さない。
眠りにつくまで、
ずっと指を絡めたまま。




