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*****ある辺境伯家の上級鑑定士の独り言*****
わたしの名前はモルテン、辺境伯家に雇われている上級鑑定士だ。辺境伯領では主に旦那様の食事に毒が入っていないか、取引の無い領地のものを購入する時の品物の確認などを行っていた。あの日が来るまでは。
ある日、旦那様から広間に来るように指示されたと連絡がきたので、部屋に入るとテーブルに農作物がずらりと並んでいた。
旦那様から、これはサトウキビだという【鑑定】するようにと指示があった。
確かにサトウキビだと【鑑定】結果に出ている。そしてわたしが上級鑑定士と言われるわけは、このサトウキビから砂糖の取り出し方までも読み取れるからだ。
料理人が呼ばれ、一緒に砂糖を作るようにと言われた。
また、この場では、プリンを【鑑定】したり、プリンを一緒にいただいたり、他の野菜もすべて【鑑定】して、結果を報告するようにということだった。
テーブルの上に、小麦をはじめ、トウモロコシ、大豆、カボチャ、サトウキビ、キュウリ、菜の花、綿花、人参、リンゴ、卵に、牛乳に蜂蜜、籠に入れたパン、チーズ、砂糖、糸。テーブルの下には、飼料、肥料。全部【鑑定】していく。
品質はすべて最上級。ありえない。でも、自分の【鑑定】が間違うことはない。
旦那様から、砂糖を作ったら、プリンとパンも作るように指示があった。味見をした美味しいプリンと、丸くてふわふわのパンだ。料理人とこれから始まる試練の最初の1歩だった。
砂糖は思ったより簡単にサトウキビから作ることができてほっとした。一番重大な仕事はクリアできた。
プリンも思ったよりも早く同じようなものを作ることができた。わたしたちは優秀だなと少し優越感に浸っていた。この頃は。
次はスキル産とできるだけ同じようなパンを作ること。
【鑑定】すると天然酵母パンと出た。更に作り方を調べるため集中する。“天然酵母の作り方”“パンの材料”“パンの作り方”と次々出てくる文字を追う。天然酵母ってそもそもなんだ。料理人に聞くが、パンは小麦粉と水でこねて焼くだけで、天然酵母を入れることはないとか。
それなのに、今回のパンは、小麦粉、砂糖、塩、天然酵母、牛乳、無塩バターがいるとある。信じたくないけど、自分の【鑑定】は絶対間違わない。
そう信じて料理人と1から【鑑定】で見た結果をもとに作っていくことにした。
天然酵母ができあがるまで1週間かかると思っていなかった・・・。旦那様に早く作るようにと圧をかけられ、料理人と二人三脚で作り出すことができた。
焼き目は少し違うけど、味はほぼ一緒だ。
嬉しくて料理人と抱き合って喜びあった。
旦那様にも合格をいただけた。
ほっとしたのもつかの間、サンドイッチにクッキー。マヨネーズというものが届く。また例の子爵家からだ。
旦那様は再現を指示される。
サンドイッチもクッキーもマヨネーズも見本がある。確かにある。作り方もわかる。
だからといって、すぐに作れるものではない。
料理人と協力して1個ずつ挑戦していく。旦那様は材料費はどれだけかかっても構わないと言う。
サンドイッチ用のパンは大きなパン用の金型を作ってもらったりはしたが、前回のパン作りの経験を活かせた。
マヨネーズはどれだけ混ぜても混ざらず随分苦労したが、腕がもう動かせないと思ったところで白くなってきて変化があった。料理人と二人で飛び上がって喜んだ。
サンドイッチはわたしたち2人にとっても満足いく出来になった。
旦那様からも良いお言葉をいただけた。
クッキーはパンやマヨネーズに比べると砂糖を使うこと以外は簡単だった。
混ぜてこねて焼くだけだ。
心から安堵した。
旦那様は辺境伯家のお茶会にこのサンドイッチを出すと鼻息が荒い。砂糖はまだ解禁になっていないので、クッキーやプリンは当分館の中だけで楽しまれるそうだ。
次はお子様だけのお茶会にハチミツを使った、クッキー、カップケーキを作ることになった。クッキーは前と同じだ。大丈夫。ケーキとはなんだ。材料はクッキーに似ているが、クッキーよりもふわふわして柔らかい。
この仕事の良いところは誰よりも早く新しい食べ物を食べることができること。そしてこの仕事の過酷なことは、初めて食べたものを再現しないといけないことだ。
料理人と卵を入れてハチミツをいれて小麦粉を入れてバターを入れて混ぜて焼いてと頑張った。お子さんは口が小さいから、ケーキも小さめに作った。
辺境伯様から、このハチミツケーキはお茶会にも出せるとかなり喜ばれた。
わたしと料理人も思わずガッツポーズをとったほどだ。1個ずつ達成感はある。
少し落ち着いたかなと思う間もなく、肥料の詳細な【鑑定】と研究、次に綿花と腐葉土に、ショウガと藍の【鑑定】もすることになった。
綿花以外はスキル産ではないとか。何やっているんだ。子爵家!
スキル産の綿花は最上品質だった。スキル産は恐るべし。何作っても最上品質なのか。
腐葉土は魔の森で取ってきたという、これは良い肥料になる。よくぞ探し出してきたな。魔の森は辺境伯領にも接しているから、うちの領土にも役に立つだろう。ショウガと藍も魔の森にあったそうだ。ショウガは薬草でもあるし、根が調味料になるそうだ。
藍は青く布が染まるらしい。
当然、ショウガを使った料理の再現。イノシシの生姜焼きが見本で入っていた。醤油という新しい調味料も一緒に入っていたが、この醤油については、今再現しなくても良いと聞いた。心からほっとした。
藍は【鑑定】すればするほど奥が深い。手間がかかるが、他では出せない美しい青になるという。見本に青い布が入っていたが、本当に美しい、空の青でも海の青でもない、強いていえば夜空の青だろうか。見ていると落ち着く色だ。
藍染めはマミーナ様とアネッテ様(アルヴィン様のお母様だ)がご担当されると伺った。空いた敷地で実験工場を作って研究することになるらしい。
一通り作り方を明記し手渡す。
工場を切り盛りする人も増えたので、いったんわたしは外れたが、好きで外れたのではない。次が来たのだ。子爵家め。
カボチャのシチュー、カボチャのグラタン、カボチャのコロッケ、カボチャの大学芋、パンプキンパイ、カボチャのプリン。
一体誰がこんな新しいレシピばかりをよこすのか!
今回も旦那様からは催促の声がかかる。そんなに早く食べたいのか。確かに味見をしたところ全部美味しかった。本当に美味しかった。だから余計に思う。こんな美味しいものを1個だけでもレシピを売ればかなり儲かるだろう。それが6個。やめてくれ。
今回も料理人が決死の覚悟でやってきた。
2人で見つめあって無言で握手をする。
カボチャのシチューは大丈夫だ。普通だ。普通。良し。でも、カボチャのグラタンは初体験だった。牛乳にチーズをかけて焼くのだとか、牛乳を料理に使うだなんて。でも、味見したグラタンは美味しかった。カボチャとベーコンと玉ねぎと牛乳でつくるソースが絡んで実に美味しい。いくつか試作を作って味見してみる。子爵家からのレシピも参考にするが、初めて作る料理だ。失敗も多い。
どうにかグラタンが作れるようになった。
カボチャのコロッケ、カボチャの大学芋は手順通り作ればそう難しいものではなかった。助かった。カボチャのプリンも以前プリンを作っていたので、新規ではなかったので、心強かった。
カボチャ尽くしの料理6種類、自信を持って旦那様に引き渡すことができた。それにしてもわたしは上級鑑定士であって、料理人では決してないのだが。どうして新メニューばかり携わっているんだろう。
その謎を解消する間もなく、次が届いた。次はジャガイモ料理だ。何故だ。子爵家。何故次から次への新しい料理が出てくるのだ!
ポテトサラダに、コロッケに、フライドポテト、ポトフにハッシュドポテト。
今回はカボチャ料理をジャガイモに置きなおしたコロッケは簡単だったし、前にマヨネーズも苦労したかいがあって、ポテトサラダもクリアできた。フライドポテトとハッシュドポテトは油で揚げるだけだ。
やれやれ。わたしの技能のレベルがあがったのか、今回は簡単だったな。
そうこうしているうちに、砂糖が解禁になった。
これでクッキーやプリンを辺境伯家のお茶会で出せるなと思っていたら、子爵家から砂糖解禁デザートが届く。いや、おかしいだろう。子爵家。砂糖は今まで贅沢品で王家や一部の上位貴族ぐらいしか口にすることができなかった甘味だぞ。もともとスキルで作れたのかもしれないが、こんな短期間で新しいデザート作りすぎだろ。おかしいぞ子爵家!
次に届いたメニューは、パウンドケーキ、アップルパイ、チーズケーキに、フルーツのジャム、スフレケーキにフレンチトースト。
旦那様はすぐにでも取り掛かって、一刻も早くうちでどれも作れるようにと圧がかかる。
女性陣の期待値が高いらしい。
はいはい。頑張りましたよ。料理人と2人で。
わたしの【鑑定】のレベルも上がってきた。これだけ毎日のように詳細欄まで舐めるように【鑑定】すればレベルもあがるだろう。
料理人とわたしはここまでくれば息も合い、経験値も積んでいるせいで、すべて思ったより早く片付いた。
旦那様からお褒めの言葉をいただき、臨時賞与もいただけた。いくつかの特別なものは王家に献上されたとも聞いた。苦労が報われた瞬間である。
この後、収穫祭の振る舞いのカボチャと玉ねぎとベーコンのスープと、焼きトウモロコシと茹でた枝豆。いちご飴や、醤油の試食会のきのこのバター醤油焼き、イノシシ肉の生姜焼き、貝の浜焼き(ほたてとはまぐり)、串焼きと干し肉も、料理人とヘロヘロになりながら、必死でくらいついた。そういえば、醤油の試食会に現地に足を運ばれたアルヴィン様は、これらの料理の開発の間、結構ちょろちょろ様子を伺いにきていた。アルヴィン様も子爵家料理お気に召したのかもしれない。
料理人とわたしはもう無二の親友だ。
この醤油の試食会後には醤油の工場も建てられることになった。案の定初期の立ち上げ人の中に入れられていた。仕方がない。わたし以外作る過程まで詳細に【鑑定】できるものがいない。わたしの【鑑定】のスキルはかなりのレベルだ。
悦に入っていたが、天草から作られたというコーヒーゼリーに打ちのめされた。ただの海藻だよね。これ。どうして料理にしようと思ったのか。おかしいだろう。打ち捨てられる邪魔な海藻だよね。
【鑑定】して本当に本当にこの海藻から、こんなに美味しいコーヒーゼリーができることがわかった。
不思議な歯ごたえがあり、ほろ苦いコーヒーが、デザートに変身する。辺境伯家で一番コーヒー狂の次男様が今か今かと待ちかねておられた。
天草ってタダだよね。それがこんな美味しいデザートに変るなんて。料理は不思議だ。
食べ物だけではなく、透明なガラス、青いガラスの【鑑定】や草木染という綺麗に染めた布地も届く。
子爵家貧乏だったよね。産業もなく土地も痩せていたと噂で聞いていた。一体どんな仕掛け人がいるんだ。次から次へと何がしたいんだ。もうこれだけやったら貧乏じゃないだろう。少しは大人しくしとけ!
そんな声が子爵家に届いたのかどうか、今は少し落ち着いた。
旦那様からは信頼が厚くなったし、親友もできた。美味しい料理は一番に味見ができた。悪いことばかりじゃなかったけど、落ち着け子爵家!
子爵家との定期便のマジックバックが届くたびに、今もドキドキはらはらする毎日だ。
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