第2話『託された記憶』
静寂な病室に、電子音が控えめに鳴っていた。
白はゆっくりと目を開けた。柔らかな光が差し込む窓辺。先程までの血の気配もなく、ベッドのシーツは真新しく張り替えられていた。
立っていたのは、一人の女性だった。
灰色の髪、四角い眼鏡、中性的な顔立ち。
彼女の着ている服は白衣に近かったが、よく見ると全体に映写機のフィルムのような模様が走っている。
カノウ「落ち着いたかな。記憶の譲渡を受けただろうから、暫くは安静にするといい。」
白は思わず身を起こした。身体は重かったが、頭は冴えていた。
「状況は……分かります。けど、あなたは……?」
カノウ「申し遅れたね。私は株式会社ヴァルキュリア所属のカノウと申す。」
その名に、白の表情が強張る。
白「……世界的に有名な、失記者の……あの会社の……? なんで私に?」
カノウ「君は、譲渡を受けた時点で、ある程度気づいてるはずだろう。君の恋人である空は、死亡した。」
白の瞳が一瞬にして揺れる。
カノウ「だが加害者は健常者だ。本来、失記者は同じ失記者にしか殺されない。理に反している。」
白「……なら空は!生きてるんですよね!? どこかで!」
カノウは一瞬だけ、口元に哀しみを浮かべた。
カノウ「……君がそういうと思っていた。とても言い難いが、空は確実に、死亡を確認されている。私が制作し、流通させた“対失記者武器”によって、殺された。」
白は言葉を失った。
カノウ「このような悪用をされるとは、私自身も悔しい。だが、最も傷ついているのは君だろう。すまない。」
白は俯き、布団を握りしめた。
白「……空は、時々口調が荒くなるけど、優しい人でした……これから、って時に……逝ってしまうなんて……」
そのまま声を震わせながら、ベッドの上を何度も叩いた。
白「カノウさん、あなたを責める気にはなれません。きっと武器を作ったのも、何か理由があってのことですよね。」
カノウはゆっくりと頷いた。
カノウ「私が武器を作ったのは、“理”を破るためではなかった。私の記憶を、どうにかして処理したかったんだ。あらゆる未来を演算し続けるこの頭で、最も合理的な選択をし続けた結果、親友と呼べる存在はほとんど失った。」
カノウは遠くを見つめるように言葉を続ける。
カノウ「だから私は、託された者を支援するという選択をした。私にできる唯一の、償いのようなものだ。」
そう言って、カノウは懐から一丁の銃を取り出し、白の膝元へ差し出した。
その銃こそが、空を殺した“対失記者武器”だった。
カノウ「君に渡す。君はこれから、もっと多くの理不尽と向き合うことになる。そのために。」
白が銃を見下ろし、呼吸を整えようとしたそのとき——
カノウ「……そして、白。逃げておけ。面倒な奴が来る。」
その言葉と同時に、窓ガラスが爆音を立てて砕けた。
舞い散るガラスの破片の中、スーツを纏い、冷ややかな気配を放つ一人の男が静かに着地した。
表情は見えない。ただ、その存在が明らかにこの空間の空気を一変させた。
彼の名は——セイム。
つづく。




