プロローグ:魔法、魔導・2
「お前は落ちこぼれというわけじゃない。人には得意不得意がある、勤勉は素晴らしいものだけれど、努力の先になにを見出すのかをよく考えて努力しなさい。お前がこの手の魔法を習得するのは時間の無駄、だなんて言わないけれど、致命的に才能が無いとだけ言っておこう」
怠惰ながらも、なんだかんだで生徒の補修に付き合ってくれる教員から頂いた、無慈悲ながらも有難いお言葉を受けて、レミは大層に気を落としながら、とぼとぼと歩いていた。
「シキ、魔法って難しいよね。努力が結果に反映された試しがない」
「はぁ」
彼女の呟きに、一応のこと、頷いておく。
まあ正直、あらゆる意味で共感はできない。
「俺は『魔導の体現者』だから。努力がどうこうとか、そういう問題じゃないから……、いまいち、共感はできない」
「うぅ……」
しょぼくれる彼女だったが、その隣を歩きながら、思わず「うーん」と難しい顔で視線を逸らしてしまった。夕焼の言うことも最もだと感じたから。
レーヴィア高等魔導学校。
俺たちが通うのは、《人が魔法を扱うこと》、つまり【魔導】を学問として学習、探求、究明するための高等学校であるわけだが……、彼女――風夜 蜜凪は、人間の生むエネルギー由来の現象影響力、つまり魔法をまったく使えない。
たとえばバケツの中の水を、現象影響力をもって凍らせてみたりね。
向き不向きがある。
だけど、しかし……だからといって、彼女が落ちこぼれというわけでは、まったく無い。
むしろ逆だ。
今を騒がせる天命の天才児、それが彼女。
「当人の覚悟を混ぜ返すようだけど、焦ることは、まったくないんじゃないか? 夕焼の説教は、実践でその可能性を探求するより他にもやり方あるだろ、って意味も含まれてた気がする。この間も、『通信技術における魔法無線の効率化と解釈拡張』だっけか? 論文、とてつもない評価受けてたろ。そっちの線で探求したほうがいいんじゃん?」
「オっ、知っててくれたんだ。ありがとっ!」
風夜 蜜凪。
夜の風と書いて《いぶきなみ》と読む謎の苗字を頭にくっつけたこの少女は、その頭脳明晰でレーヴィア入学直後から練り上げた論理を世に示し、すでに何十の論文と、十数の歴史を変える実利を挙げた、『魔法力の根幹を言語化できるのではないか』とさえ期待されている、世間話題のその人である。
そも、『魔導の体現者』が在校生に多いのは、自身に刻まれた魔導を通して魔法への理解が深まるからという学習的理由であり、それナシに天才の頭脳明晰のみで結果を出し続けられるなら、それが一番素晴らしい事な気もするのだが。
「でもやっぱりお母さんみたいな魔導士になりたいんだよねー」
そういうことらしい。
魔導をもって雑事を解決するお仕事、魔導士。
それもまたやはり共感の難しいことであったけれど、ともかくとして、ぽんと彼女の背を叩いた。
「それじゃあ、まあ、頑張れ」
「ん、頑張るっ!」
女神のように整った顔が、夕日に照らされて映える。
彼女の容姿は。
光沢のある黒髪を肩のあたりまで伸ばして、スタイルはまるで『十全を象った彫像』のように完璧なものだ。《女神のよう》というのは惚れているわけでなく、仰々しくも、そのようにしか表現できないからだ。それもまた神のギフトである容姿。
初めて会ったときは、物語の中でのみ語られる天使族かなにかだと思った。おそらく、彼女と初めて会った者なら皆が皆、そんな感想を抱くだろう。
ただし――……。
「うん。……よっし」
彼女は突然立ち止まると、今まさに沈もうとしている夕日に毅然とした表情を向けて、大きく息を吸い込み――。
「頑張るぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
大絶叫を上げた。
そうした後、スッキリとした表情で、夕日の茜に染まった笑顔を俺に向けた。
「んじゃ、シキ、話聞いてくれて、ありがと。頭の中カラッポにできたわ」
「ん、そりゃよかった」
俺も笑んで、二人、分かれ道まで適当にダベりながら帰路を歩いた。
――ちなみに。
蜜凪とのラブコメ担当者は、ハッキリと俺じゃなく、運命的な別の男がいる。彼女をレミナの花にちなんで『レミ』と呼び始めた、彼女の幼馴染である大馬鹿野郎(友人)だ。
俺は、そういった物語的なストーリーやらなにやらに、直接関わるキャラクターではない。
そうなりたいと思ったことも一度もないし、今の立ち位置は、過去の俺が心から望んで、苦労の末、手に入れたものだ。
名前は識織 成志郎。
真面目な学生生活を世界で一番に愛する、魔導学校の一生徒である。
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