第80話 あのね、神様
神前式はできれば私のところで行って欲しかったけれど、流石にまだ準備が終わっていないため私も神主さんもOKを出せなかったのだ。
それに式を行うには少し狭い。
大山咋命様のお隣に特別に許可を頂き座らせて頂くことになった。
綺麗な座布団が用意されており、背後には鏡と勾玉が置かれている。
私たちは御簾越しに、神前式を見届けることにした。
人々が既に集まっており、神社は賑やかだ。銀次さんは親戚一族が、静子様にはトクさんを始め、街で特別よくしてくださっていたかたがたが参列している。
太鼓や笛の音が鳴り響いた。
雅楽が奏でられる中で参進の儀が始まる。静子様は白無垢に包まれ巫女さんが赤い傘をさす中を、ゆっくりと歩いてこちらへ向かってくる。お美しい。
「ここで神前式など、何十年ぶりか・・・・・・」
大山咋命様は晴れ晴れとした表情で、ここへ集まる人々を見つめている。
神主さんが祓い詞を述べ、大幣を振る。しばらくして、神主による祝詞が始まった。
「さて、どのような利益をもたらそうか・・・・・・。新郎には仕事がいいのだろうがあまり忙しくても夫婦は円満にならぬからな。同じ土地にある幸福神の力も借りなければなるまい?」
穏やかに笑い私のほうを見る。私は祝詞を聞きながら、神主の詞から力が注ぎ込まれるのを感じた。何度も何度も神職の祝詞を聞いていると、神の力も増すのだとか。
「はい。私はもうこの神前式の前より静子様より加護をお願いされております。まずは静子様、銀次様の心の安寧、そして喜び事が第一かと思います」
「というと?」
子供はどうなるかわからない。私には子を授けられる力がない。
人間は――神の世界もそうだけれど、男女が結ばれたらやはり子供が欲しくなるものなのだろうか。だがそれが幸せだとも限らない。
「二人が健康で末永く、落ち着いた環境で仲睦まじく暮らしていけるように整えます」
浩さんの家庭を円満に納めたくらいの力はかつて無自覚にあった。なら今の私にはあらゆる災厄をはねのけて、時には喧嘩してもそれを元の鞘に収めるくらいのことは簡単にできる。
儀式が次々に行われていく。
「これがなかなかじれったいものでな。時々早く終わらぬかと思うこともある。そんなに恭しくやることもないのだ」
大山咋命様はそう言いながらも、どこか嬉しそうにしている。
「まあ、人々が神のために行っていることです。ゆっくり見届けましょう」
「千福、お前も何百年、何千年と聞いているうちに、じれったくなり飽きてくるぞ」
「そういうものでございますか」
指輪交換をしたあとで、玉串奉奠が始まる。静子様はゆっくり玉串を捧げる。
私は意図的に祝福の念を込めてそよ風を吹かせた。静子様ははっとしたような表情になる。
『あとでお参りに行こうと思ったけれど、千福、そこにいるの?』
静子様の心の声が聞こえた。
私はここにおります。こうして大山咋命様と一緒にあなたの神前式を見ております。
内心でそう返す。
私はこの街とこの街の人々と、静子様の新しいご家族とずっと共にあります。姿が見られなくてもずっとずっとお傍におります。力も以前より増して色々なことができるようになりました。だから安心してください。もう誰一人、不幸には致しません。
心からお幸せになって下さいませ。
儀式に則って私も粛々とした気持ちで必死に伝える。
静子様はなにかを感じ取ったのか、はたまた私の声が聞こえたのか、真っ赤に塗られた唇に見慣れた微笑みを浮かべられた。
退場が始まる。
「ここからはどうすれば宜しいでしょうか」
なんとなく訊ねてみた。ずっと見守るといっても四六時中見ていられるのも困るだろう。
「まあ、披露宴というものがあるだろうし、どこかで食事でもするのだろう。ここから先は人間達の好きにさせるとよい。逐一監視するのも今の言葉でいえばストーカーのようなものだ」
「そうでございますね・・・・・・」
去られる後ろ姿を見てやはり寂しく思う。
もう、ここから先は静子様とは異なる道を歩んでいくことになるのだ。
「お?」
大山咋命様が言ったのと同時に、私の神社に誰かいらした気配を感じ取った。
鈴の音がこちらにまで響き届く。その音は、大山咋命様にも聞こえたようだ。
「誰か来たのではないか」
「そのようです」
「行ってやるとよい。そうだな。よく話を聞き使いの者にメモでもとらせておけ。これから忙しくなるぞ」
「はい。ご助言ありがとうございます」
「たまには遊びに行ってやろう。まだまだ、おぬしは不安そうだからな」
なにかと気をかけて下さるので深くお辞儀をし、感謝の言葉を述べて千幸神社へ一瞬で行く。
本格的な神様になると、縁のついた土地へは一瞬で行けるようになる。
そのような力も、神社が建ち、鏡が置かれたと同時に備わっていた。
そして着るものも、本当はなんでもいいらしいが男性の神様は見栄えがいいからと平安装束風の衣装で大体統一しているらしい。
女性の神様は動きやすいように、奈良時代に着られていたという礼服風の衣装のかたが多いと聞く。
あくまで「風」だからそれなりに見えればどのように着ても構わないそうだ。私も今は静子様から頂いた着物を着ているけれど、そのうち見繕わなければならない。
神の世界に市場があるそうなので今度、弁財天様をお誘いして一緒に見に行ってみよう。
参拝者側だったのが、今は社の中で御簾越しに参拝者を見ている。
いらしたのは翔君だった。身長も伸びて、表情も雰囲気も初めて会ったときとは異なり、随分明るくなっている。
さて、なにをお話して下さるのだろう。久しぶりにお会いできてとても嬉しい。
楽しみにしながら目を閉じ、静かに心の声に耳を傾けた。
『元気にしていらっしゃいますか。おばあちゃんが色々話してくれて、神社ができたって聞いて来てみました。あのね、神様――』
「了」