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第78話 最後のわがまま

十一月二十日


お社は千幸(ちさち)神社と命名された。同時に静子様のご婚約が決まった。


静子様の手術痕も目立たなくなり、髪も生えてきている。もう調子はすっかり元に戻っている。


この日は幸いにも私のことが見える日だった。


静子様は銀次さんと食事をすませて帰ってくると、真っ先にダイヤモンドのついたプラチナのエンゲージリングをお見せ下さった。


日々、顔色はよくなっていき笑顔も増え、表情も豊かになっている。


恐らくぽっかりと空いた心が、埋まりつつあるのだ。 


静子様の体を温めるためにお茶を淹れる。


蒸し暑い日に椙森さんから頂いた封筒を取り出す。残りは七十万ちょっと。


静子様の正面に座り、差し出す。


「ちょっと待って。これは千福の」


「静子様は神としてどう使うかと言われました。十万ほどは美穂さんや咲さんを送り届けるため、でも数万は返して頂きました。あとは夏の終わりの旅行で使ったものです。本来なら私の我儘などにこのお金は使うべきものではございません。ですが、最後の我儘にお使い下さい」


「最後の・・・・・・我儘?」


「このお金を結婚式におあて下さい」


「気が早いわ。婚約はしたけれど結婚式のことまではまだ・・・・・・」


静子様は恥ずかしそうに頬を染める。私は心を落ち着けて言った。


「私はこの世界で人間の時間の流れを学びました。しかしながら私はもう神の時間を生きなければなりません。そして神の時間からすれば、恐らく人間の時間はあっという間に過ぎ去るのでしょう。静子様と思い出作りをしたあの夏の終わりの強行軍から今日までのように」


きっと、結婚式を挙げるのもあっという間だ。私には、神の時間の流れと人間の時間の流れの違いが薄々わかりつつあった。


神社ができていくに従って、自然とそうした神の世界の知識も身につけられるようになった。これは神様の世界での法則なのかもしれない。


いつの間にか、神としての知識が私の中に入り込んでくるのだ。私は恐らく静子様を見送り、子々孫々まで見守っていくことになるのかもしれない。


今までだったら考えられないくらい、とても長い時間を過ごすことになる。


そうして、心身がそれに慣れていくのだろう。人の世界にいて、人の世界から離れていくのだ。


まるで天にでも昇っていくかの如く。


だからもう、お別れが嫌とは言わず、覚悟を持つようにもなっていた。


「だけど・・・・・・」


「不幸は巡りました。もう過去形に致しましょう。そして幸福もまた、巡り巡るものです。椙森さんが当てた幸運が静子様にも伝わり、私にも伝わりました。お金には私の通力も既に注ぎ込んであります。きっと素敵な挙式ができましょう。生涯幸せになられませ」


どうかどうか、静子様がいつまでもどこまでも幸せになりますように。


静子様は封筒を眺め、考え込んでいらっしゃる。


「わかった・・・・・・これはちゃんと挙式のために使うわ。ありがとう」


「はい。惜しみなくお使いください」


言うと静子様は美しい微笑みを浮かべた。


「あの夏の日から、随分神様らしくなってきたような気がするわ」


「そんなことはありません――」


心は変わっていない。ただ、知識がどんどん私の中に流れ込んでくるから、振る舞いも自然とそうなってしまうのだ。赤ちゃんがひとりでに立って歩くように、自然に神になっていく。そんな気がしている。


「ううん。もう立派な神様よ」


「そんなことはございません」


「あら、二度目の否定?」


頷く。神様らしい立派な神様か、と言われれば全然違うのだ。


「私はまだ、完全な神には――なりきれておりません。覚悟はできつつありますが、静子様をお慕いし、甘えたいと思っているところも正直あるのです。でも、それがもう許されなくなりつつあるから、私の感情もまた本来なら素直に喜ぶべきところを、未だ引きずっているのです」


泣くことはなかったが、心はあの夏の日から重たいままだ。


静子様は立ち上がると、優しく私を抱きしめた。もう抱きしめられることはないと思っていたから驚き、そしてしばらく静子様に身を預けた。


静子様の心臓の鼓動が聞こえてくる。


静子様が生まれて下さってよかった。静子様が生きていてくれて本当によかった。静子様のご両親にお礼の言葉を述べたいくらいだ。


「ねえ、割り箸の社から生まれて、今ではこんなに大きくなった。私、千福に出会えたときはとても嬉しかった。神様に初めて出会えて、本当に嬉しかった。ずっと傍にいてくれて本当にありがとう。それに、神様に――千福に姿形を与えてくれたどこかの神様にありがとうって言いたい」


ああ。今、私は静子様と同じ気持ちでいる。


「誕生してから春夏秋冬、いつでも一緒にいたわね。素直に明るく成長して、教えたことはすぐに覚えていつでも私のことを心配してくれていた。そんな明るい千福のもとに様々な人が集まってきた。最初は腐敗していたこの街を、明るく照らしてくれた。千福がいたから私は生きてこられたの。千福、大好きよ。私は千福にとても救われてきたの」


「私も静子様の存在に救われておりました。大好きです」


もう、静子様はお一人じゃなくなる。いや、これまでも私がいたからお一人ではなかったのかもしれないけれど、これからは人間の家族ができる。静子様はもう寂しくない。

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