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第72話 花火

静子様は二日間だけ会社へ行き、また休んで私を県外の花火大会へと誘って下さった。


静子様もまだ本調子ではなく仕事も長らく休んでいたというのに、私のために復帰を遅らせている。


でも、思い出はちゃんと作っておきたかった。


今作っておかなければ、永遠に後悔する。


私は静子様よりも長く長く時を過ごしていくことになるからだ。


それは静子様も感じ取っておられるようで、まだ間に合う花火大会のちらしを見せて下さったときには少し涙ぐんでいた。


自分で「視認」と書いた札を、着物や浴衣の内側に貼っておいた。


これで誰もが私のことを見られるようになる。これまで私のことが見えなかった人も、札の効果で見られる。


支度をして、浴衣のまま夕方から新幹線に乗り、熱海まで行く。そのあとは那智大社と晴明神社へ行くのだ。


夜の潮風がどこからともなく吹き付けてくる。


私はその風を感じながら、静子様、そして仁と寿と一緒に会場へ向かった。海水浴場や港、海岸線は人々で混雑しており、少し目を離すと静子様がどこにいるかわからなくなりそうだ。


それでもまあ、静子様の気を感じとって自力で探し出すことはできるのだけれど。仁と寿は人があまりにも多いため、少し離れた人のいないところで見ていると言った。


人々の熱気とムードに圧されそうだ。


「はぐれないで」


静子様がそう仰って、私の手を掴んだ。こんな大人の姿になってもまだ、静子様に手を引かれることに幸せを感じている。小さな姿に戻ってしまいそうな気さえする。

暑さが堪えるけれど波の音が心地がよい。


少しばかり人の少ないところを見つけ、静子様はそこで立ち止まった。


しばらくしてひゅうっという音がして空に大きな音が響いた。


花火が始まった。人々の歓声や子供の声があちらこちらから聞こえてくる。


青、赤、オレンジ、緑、白、柳花火。


空に浮かぶ大きな花々が、大きな音と共に咲いては瞬時に消えていく。空に煙が残ったと思うとまた花が咲く。ここにいるかたがたが、みんな幸せになりますよう。


「綺麗ね・・・・・・熱海で見るのは初めてだわ」


「私もです」


夏の終わりの花火というものは、とても切ない気持ちになる。これは花松町の近くの花火大会があったときに以前、誰かが言っていたから私だけの気持ちではないのだろう。こんなに胸が締め付けられるのは夏の終わりを知らせる風物詩だからか静子様とお別れの時が来ているからか。


来年は、どこでどうやって花火を見ているのかもわからない。ただ、静子様と同じ空気を吸い、同じ時間に同じ場所に立って見られないことだけはわかっている。


みんなの視界から私が完全に消えてしばらく立ったら、静子様はこの花火のように鮮やかに私のことを思い出して下さるだろうか。


「不安になっているの」


静子様に悟られてしまった。無言のままでいた。なにを言えばいいのかわからなかった。


全ては喜ばしいことなのに、どうしてこんなに辛く感じるのだろうか。

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