第69話 今を大事に
「静子様・・・・・・」
「大丈夫。私のことが見られなくなっても、あなたが私を見てくれていれば大丈夫。でも言って。私が千福を見られるうちに、千福がやりたいこと全部やろう。思い出を作るの」
「ですが、私と一緒にいたら銀次様が」
「大丈夫、時間はいつでも作れるから。千福はなにがしたい?」
ううっ、と自分の中から呻き声が漏れる。
「以前より静子様と熊野の那智大社へ行きたいと思いました。五條天神社へも晴明神社へも一緒にご挨拶に行きたいです。それから成子天神社へも。花火も共に見たかったです。なにより静子様ともっとお話がしたいです」
私も静子様を力強く抱きしめ返す。
あのね、神様。私はあなたとの当たり前の日常が、とても幸せなのでございます――。
「千福は私と花火に行きたかったんだ。ごめんね。私、好きな人ができて舞い上がって千福のこと考えるの、忘れていたのね」
「違います。これは私の我儘でございます」
滲んだ視界の中、割り箸で作られた社が目に入った。
静子様が私に幸せを下さったのだ。
幸福神なのに、悲しさや不安を伝えたらいけない。わかっているけれど、気持ちは止められなかった。
「じゃあ、もうすぐにでも段取りを考えましょう」
「ご体調は」
「もう大丈夫。仕事、もうちょっと休むわ」
「このように長い間お休みをして、ちゃんと復帰できますか」
「平気。いつも成果を出してきたし、ちゃんとした会社だから大事の時はなにも言われない。会社の人たちもみんな優しいし。私ね、千福が誕生する前は仕事と職場の人たちだけが救いだったの。職場環境と仕事にだけはなぜだか恵まれていた。だから会社のことまで心配しなくていい。花火もまだ見られるところに急いで行こう。二人で浴衣を着て。それからたくさんお話をしましょう。千福の望みを、できる限り全部叶えてあげる。でもお別れの時は・・・・・・きっと、やってくる。私もあなたを誕生させたときから覚悟していた。でもね、このお別れはとっても素晴らしい別れ方よ。千福がちゃんと神様になって、自立できるのですもの」
私は静子様から離れた。確かに途中で穢れに負けて墜ちることはなかった。神と認められず、成れの果てとなって彷徨うこともなくなった。けれど涙があとからあとからこぼれ落ちてきて止められない。
「もう泣かないで。せっかく美人になったのに台無し」
静子様は優しく私の涙を拭いて下さった。指から伝わる温もりが余計に心に染みこんでくる。私はこらえきれずに先に休ませてもらうことにした。
「千福様、千福様」
眠ろうとベッドに横になろうとすると、寿が急に話しかけてきた。振り返る。
「先ほどは邪魔しないようにしておりましたが、まだ姿を見てもらう方法はございます」
「え?」
驚いて私は寿を見つめる。
「今のお力であれば、千福様ご自身に札を貼れば・・・・・・時間の制限もなく見て頂くことができましょう」
「ああっ、なんて単純なことに気づかなかったんだろう。ありがとう」
思ってもみなかった。そうか、自分のことが見えるといった趣旨の札を書いて衣類の内側にでも貼れば人々に見てもらえるのだ。
「ですが恐らくそれも、社が建つ間までかと・・・・・・」
「どうして」
「千福様は本格的な神となられるのです。神を見られる人間はそうはおりますまい」
むしろ、今までの日々が、特別だったのかもしれない。神の姿は本来人には見えないのに、私は人から生まれた神だから人々に見てもらうことができた。
そのおかげで信仰を集めることもできた。それは、とても幸せなことだったのだ。
昔からおられる神々はきっと、最初から人間には見てもらえなかったのかもしれない。
みんな、どんな状況の中、どんな気持ちで人々から尊敬される神へと成長されていったのだろう。
仁と寿が慰めるように私の側へとやって来る。
これまで出会った人々の顔を思い浮かべ、今を大事にしようと思いながら眠りについた。




