第17話 時代劇!?
突如、インターホンが鳴った。
「こんな時間に誰だろう」
壁時計を見ると八時半だった。
静子様と一緒にリビングに取り付けられたモニターを見る。
商店街の八百屋のご店主、椙森さんだ。
「なんの用かしら」
私は首を傾げる。静子様は対応して静かに鍵を開ける。
「こんばんは。こんな時間にすみません」
「どうされたのですか」
椙森さんを中に招き入れる。その間に急いでお皿を全て台所に片づけてテーブルを拭き、お茶を淹れる。
椙森さんは野菜や果物の入った袋と、封筒をテーブルの上に置き言った。
「宝くじが一等当たったのですよ。億ですよ、億」
「まあ、それはすごいじゃないですか」
「ビックリしました。これも千福ちゃんのおかげだと思って、うかがったのです。夜分に申し訳ないのですが、静子さんもいらっしゃるときにと思いまして」
「今日当たったのですか」
私は淹れたお茶を椙森さんの目の前に置き訊いてみた。
宝くじも懸賞も当てる力はないと思うのだけれど、この街の人たちは本当によく当たる。
「いえ、一週間前に当たって昨日換金して・・・・・・。で、これまで実感がなかったのですが通帳を見るたびにあとからあとから本当にもうびっくりという感情が湧いてきて」
「それで、ご報告にいらして下さったのですか」
静子様が言う。椙森さんは座り、手にしていたもの全てを差し出す。
「果物と野菜と、金一封です。こういうのはお裾分けをしたほうがいいと聞いたので」
「封の中を開けても?」
「構いません」
静子様は封の中を一度だけ見ると私に寄越す。
「千福、中を見て」
椙森さんは突如ヒッと言う声を出した。仁と寿が目に入って見てびっくりされたのだろ
う。大丈夫ですと紹介をして安心させたあと、封の中を開ける。
見たところ、百万が入っていた。
「これは頂けません」
封を返す。
「いや。もらって下さい」
封を更に返してくる。静子様は少し考えるように天井を見上げ、そして言った。
「千福、頂いて」
「えっ? ですがこのような大金・・・・・・」
「それを神であるあなたがなにに使うか考えてみるの。どう」
静子様が私に試練――というより神としてどうお金を使うか試す機会を下さったのだろう。修行と捉えてみるか。
「わかりました、では恐縮ですが頂戴致します。ですが、椙森さん」
私は静子様の横に座り、しっかり目を見て言った。
「いきなり派手に遊び回ったり高級なものを買ったりする生活はダメですよ。すぐなくなるし生活も破綻しかねません。お金は不幸にも幸福にもするものです。私は幸福神ですから、あなたをこの件で不幸にさせたくはありません。椙森さん自身がしっかりお金の管理をなさって下さい。そしていつも通り仕事を続けて下さいませ」
椙森さんは手をこすりあわせ頭を下げる。
「ははあ。千福様のありがたいお言葉、痛み入ります。子供のように見えるのに、やはりあなたは神様です。身を滅ぼさないように大切にお金の使い方を考えます」
頭を下げられるのはやっぱり苦手。宝くじが当たったと知らされたのはこれが初めてではない。説教じみたことを言ってしまったけれど、当たった人のその後もこの街に限り普通に暮らしている様子なので、椙森さんも大丈夫だとは思う。
「更に増やす方法を考えてみるのもひとつの手かもしれませんね」
「ははあ」
時代劇じゃないのだから。あまりに申し訳なくなって、頭を上げてもらうよう頼んだ。
だが椙森さんは何度も何度も頭を床にこすりつけてお礼を言って下さる。
静子様が優しく説得されると、ようやく顔を上げて帰っていく。
「ふふ、千福が生まれてから本当にいいことだらけ」
「そうですか」
「前に住んでいた街も決していいところではなかったけれど家が全焼してこの街に引っ越してきたとき、魔物が住んでいるのじゃないかと思えるほど廃れていたのよ。前の街も今の街も治安が悪かったから仕事帰りに夜歩くのも怖くてね。花松町はご近所や商店街の人々の態度もよくなかった。それが、千福が生まれてからどんどん変わり始めたの」
私が生まれる前の街のことはほとんど知らない。七年から八年前までは酷かったと街の誰もが言っているけれど、誕生と同時に練習も兼ねてこの街に結界を張ったから、それが功を奏しているのだろうか。
テレビの近くに置いてある割り箸でできた社をちらっと見る。
あそこから私は静子様のお気持ちを感じ取って、この姿で生まれたのだ。
それから色々なことを教わった。街にも変化が生まれたというのなら、私も自身の存在に自信が持てる。きっと、誇っていいことなのかもしれない。
「ささ、明日は早いのですからもうお休み下さいませ」
「ありがとう。お休み」
静子様はお風呂に入ったあと、会話を交わさず一階にある自分の部屋に入られてしまった。
朝早いからもう寝てしまわれるのだろう。あるいはお仕事で色々あるのだろうから、
一人になる時間が必要なのかもしれない。
電車の中にいた人たちの念を思い出す。
日々の中で、苦しいこと、泣きたいことももしかしたらあるのかもしれない。