第12話 眷属
「もし千福様さえよければ、我々をあなたの眷属とさせて頂けませんか。他に行くあてもなく、することもない。下心と捉えられても仕方がありませんが、ここもすぐに別の妖怪が来て荒らされるでしょう。ですので・・・・・・」
そうして、タマヒはナナエを見る。
「眷属になることに異論はございません」
眷属? 私なんかが眷属を従えていいのだろうか。
「悪いことを一切しないなら構いません」
「我々は悪さをしたことは一度たりともございません」
「あなたたちはどのような妖怪なのですか」
「狼から進化したものです。古の時代に人間がはぐれた狼を大事に扱って下さった。死後、そのような人々の恩返しをしようと狼から進化して妖となったものの、時代と共に人間の目には入らなくなりました。遠く、同胞のいるところで暮らしていただけです。その村も、別の悪い妖怪に焼き討ちにされました・・・・・・我々は親から人間と同じように幼い頃より善悪を叩き込まれ、普段から誰かの邪魔にならないよう静かに暮らしている存在なのです」
「そういうことなら大変嬉しいです」
助けたのがそういう妖怪でよかった。眷属になってくれるというのなら、こんなにありがたい申し出はない。だが。
「あの・・・・・・」
二匹は不思議そうに私を見る。
次第に恥ずかしくなって顔が赤くなっていく。
「その、眷属にするにはどうすればいいのかわからなくて・・・・・・」
夫婦は顔を見合わせ笑った。
「あなたが我々に新しい名前をつけて下されば、我々は、あなたに絶対服従となります」
服従はまあ、どうでもいいけれど。名前をつければいいだけなのか。
「ナナエとタマヒ。その名を捨ててもいいのでしょうか。大事な名前ではないのですか」
「確かに親から貰った名を捨てるのはもったいないですが、神に名前をつけて頂けるほど光栄なことはございません。そのほうが天国にいる親も喜びましょう。そして、そうすることによって我々も神聖な力を得て強くなれるのです。妖怪はここの地を奪いにまた来ます。再び闘いになる前に早く」
二日連続で誰かの名前を考えることになるとは思ってもみなかった。
「では、あなたたちを私の眷属と致します」
言いながらゆっくり名前を考える。ここで会ったのもなにかの縁だろうし、この二匹にも幸せになってもらいたいから縁起のいい名前をつけよう。
これって、今日神社を巡った神様のうちのどなたかが、ご縁を結んで下さったことになるのだろうか。
それとも偶然?
穏やかな心持ちで考えることにした。なにがいいだろう。呼びやすく、それでいて深い意味のありそうな・・・・・・漢字一字がいいかな。頭の中にふと名前が閃く。
「タマヒは仁。徳ができるようにという意味を込めて」
儒教寄りだけれど深い意味がある。きっともっと私と一緒に成長してくれる。
「仁でございますか。誉れです」
「ナナエは、寿。福禄寿様より一字とりました。おめでたい名前ですし、長生きして仁と共に添い遂げられますように。いいことがたくさんありますようにって」
「私にはもったいなきお名前です」
名付けると、私の力が二匹の中に染み渡っていくのを感じた。二匹の力も本当に増して私とカッチリ関係が繋がったような気がした。
繋がった、というよりは二匹に対し強制力を持ったというほうが近い感覚。
三回回れと言ったら本当に回ってしまいそうなほど強力な主従関係ができあがっている。
「これから共に私と歩んで下さい。よろしくお願い致します」
頭を下げる。
「ではこれより千福様に我々は付き従います。あなたが我々に敬語を使うのも頭を垂れるのも禁止です。さ、行きましょう」
「その前に」
両手を合わせて無人神社の隅々に結界を張った。しっかり念じれば、結界はすぐに張
れる。名のある神様の結界よりは簡単に破られてしまう可能性があるけれど、それでも悪い妖怪が近づけない程度には効果がある。
「なんだか空気がとても澄んで綺麗に・・・・・・」
「これでもう他の妖怪も悪霊も寄ってこられないはずです。あなたたちを苦しめた妖怪も近づけないでしょう。だから休みたいとき、戻りたいときはまたここへ来られます。そしてここへ来る人々への害もありません」
「あの」
仁は申し訳なさそうに上目遣いで見てくる。
「なんでしょうか」
「敬語は禁止と」
「あ、ごめんなさい、慣れなくて」
自身が敬語を使わない日が来るなんて思っていなかった。
「では背中にお乗り下さい」
寿が背中を見せる。湿ってはいるけれどふさふさの毛並み。乗れ、と言われると乗りたくなってくるし撫で回したくなる。
仁は病み上がりだからまだやめたほうがいい。
「いいの」
おそるおそる敬語を外す。
「構いません」
「では」