第11話 治れ
息切れがしていた。全身ずぶ濡れだ。一度集中しただけでは傷跡がまだ治らない。
ただ、タマヒの息が少し楽になったようにも感じられた。
「もう一度」
ナナエにずれて頂き、手をかざして他にも悪いところがないかチェックをする。
病。病がある。腎臓のあたりに腫瘍ができている。大きい。転移はしていない。
だが、このままにしておけば命がない。腎臓はどのような生き物でも大切で、重要な臓器となる。
妖も人間と同じく病にかかる。それにこの雨に打たれ続けていたら、いくら六月とはいえ体が冷えて余計に弱る。
「ナナエさん、このかたは病もお持ちです。傷のせいもありますが病で動けなくなっている可能性があります」
ナナエは溜息を漏らした。
「最近元気がなく体調も悪そうにしておりました。夫に先立たれたら私も後を追います」
「タマヒさんを救いますよ」
二回にわけて首の傷を治しタマヒを無理やり仰向けにさせた。
腎臓付近に手をかざすこと三度。四度。
「治って。お願い」
全通力をタマヒに注ぐ。腎臓にあった腫瘍も小さくなっていく。でもこれではまだ足りない。
完全になくさなければまた大きくなるか、転移する可能性も出てくる。
「次こそ」
どうかこの妖怪の病が治り、幸せに夫婦共に寿命を全うできますように。
次の瞬間、掌からあふれ出ていた金色の光が一際大きくなった。バチッと弾けてタマヒの体の中に入っていく。
弾けた拍子に尻餅をついたが、すぐに体勢を立て直して手を当てる。ない。もう腫瘍はどこにもない。全部溶かした。
疲れ切って目が回りその場に座り込んだ。
バチッと弾けた光が、本当に最後の気力だったのだと思う。
「ナナエさん、大丈夫です。このかた治りますよ」
脇でずっと心配そうに見ていたナナエが、安心したように目を細めた。
「ありがとう。ありがとうございます・・・・・・ああ、本当に感謝を致します」
しばらくして、タマヒはうっすらと目を開いた。よかった。意識が戻られる。
「俺は・・・・・・」
まだ目覚めたばかりでぼんやりとしているようだ。そうして目を見開くと、仰向けに寝かされていることを恥じたのかくるりと体を回転させ、全身についた雨粒を払うようにぶるぶるっと震わせてから伏せた。
「あなた、あなた、覚えている?」
ナナエが再び寄り添う。無人神社の木々は鬱蒼としていた。
「ナナエ。無事か」
「無事じゃなかったのはあなた様のほうでございます」
「ああ。俺は、一ツ目に思い切り噛まれて・・・・・・助かったのか? 体が随分楽に」
「傷の他に病もあったらしいのです。こちらのかたが助けて下さいました」
タマヒはだるそうな目で私を見た。
「小さいな」
「小さいかたですが、たいそう素晴らしい力をお持ちです。とても神聖な力を私達に貸して下さったのです」
ナナエの言葉を信用したのか一度頷き、私に言う。
「あなたは」
「神、です。一応。人々や妖、万物を幸福にする神、千福でございます」
本当は幸福にしたい神モドキだ。まだ全てのものを幸福にはできない。
「神か。神がまさか力を貸してくれるとは思わなかった」
言って長い息を漏らす。その息にもう死の香りはない。
「早くどこか落ち着ける場所へ行って体を温めて下さい。そのほうが安らぎましょう」
「そうだな。だが他に行くところもない」
私は脇に置いていた傘を、タマヒにかけた。
「すまない」
「痛みはありませんか」
「ああ、なにもない。すごく楽だ。すごく。意識のない間、あなたの声が聞こえてきた・・・・・・澄んでいて優しい・・・・・・夫婦幸せに添い遂げよという声が」
「本当にそう願ったので」
スッと四本足で立ち上がると、タマヒは私に向き直った。
「千福様、このたびは命をお助け頂き感謝致します」
頭をさげる。それから粛々とした口調で言った。