第10話 狼との出会い
電車に乗って次は日本橋のほうへ行こうかと思った瞬間、声が聞こえた。
なんだろう、随分遠くのほうから聞こえる。耳を澄ます。
『どなたかどなたかお助け下さい』
誰かの、なにかの心の声。とても強い念を感じる。どこだろう。気配は人間ではない。
恐らく妖怪だ。妖怪や幽霊の強い念や叫びは察知することができるけれど、人間は一度顔を見るか縁を持たない限りは助けてという悲鳴をキャッチできない。
多分今もこの世のどこかに助けを求めている人間が大勢いる。
その生きた人間の声が聞こえないのは少し残念に思う。電車の中にいたときのように、人々の顔を見れば少しは感じられるのだけれど。
集中して声のする方角を確かめる。神奈川のほうだ。助けを求められているのならば、相手が人間ではなくても助けに行かなくては。
私は人間以外の者も幸せにする役目があると考えている。
路線を変更し、声のするほうへ向かう。どこにいらっしゃいますか、と訊ねても通じ合えずに答えは返ってこないので自力で探すしかない。ただ声の主は繰り返し助けてと叫び続けている。
その声を頼りに、迷わないように確かめつつ神奈川へ行く。声が強くなってきた。電車を乗り継ぎ、川崎駅で降りたところで声に近づいていることが分かった。が、まだ遠い。
川崎から綱島方面のバスに飛び乗る。
「あれ。誰もいないはずなのにお金が・・・・・・」
運転手のそんな声が聞こえて機械をチェックし首を傾げている。それでも時間になったので発車する。
雨が降り続けているが、時刻は十一時を過ぎていた。神社巡りの旅はここまで。今は助けを求めている者を助けることが先決だ。
声がはっきりと聞こえた停留所でボタンを押す。私の他にも何人か降りる人がいたので下車するのは楽だった。
バス停から辺りを見回す。低い建物の密集している緑の多い場所だ。
バス停横のスーパーの裏側にごく小さな山が見える。
「ここかな・・・・・・」
スーパーの裏側に入りアスファルトの道を少し歩くと長い階段があった。
神社、にしてはやけに物々しい雰囲気を感じる。
『ああ、お助け下さい。どなたかお願い致します』
この上になにかいる。
五十段くらいある階段を登ると、誰もいない無人神社に辿り着いた。
古い社があるが壊れかけており、空気が重い。神様はどなたも鎮座しておられない。
雨音がよく聞こえる。よくない者達が好んで寄ってきそうな、そんな場所だ。
社の裏手に回る。するとそこには大きな狼の姿をした、二匹の妖怪がいた。毛並みは
綺麗な白。全長五メートルはある。一匹は意識がない。
「助けを呼んだのはあなたですか。声が聞こえて」
「ああ、どこの誰かは知りませんが呼びかけに応えて下さりありがとうございます」
「どうされたのですか」
訊ねると涙を流しながら言う。
「私はナナエ、夫はタマヒと申します。この廃神社を住処にして静かに暮らして参りました。ですが最近はここを縄張りとしたいという妖怪が多く、今朝も別の者と喧嘩になって夫が手ひどい仕打ちを受けてしまいました。目を開けない。意識が戻らない。診てくれる妖怪の医者の知り合いなどいません。もう、どうしたらいいのか・・・・・・」
悪い妖怪ではなさそうだ。ナナエが夫の胴体に顎を乗せ寄り添っている。
タマヒはなにかに噛まれた痕が首にあった。息はあるものの呼びかけには応じない。
「やるだけやってみましょう」
「あなたは一体」
「話はあとです」
治癒できるだろうか。深手を負っている。傘を地面に置き、買ったお守りの入っている巾着を胸元にしまい込むと両手を首にかざし集中する。
大丈夫。
トクさんの膝を治した時より多くの通力を注ぎ込めば多分なんとかなる。自信をもって通力と言ってしまおう。
不意に手から金色の光が満ちて、タマヒに吸収されていった。こんな光のエネルギーを見るのは初めてでちょっと驚いたが、構っていられないので集中して通力を込める。
治れ、治れ、治れ。