枝垂の夢
〈坂道や藤の野生を見る間なく 涙次〉
【ⅰ】
作者、禁煙中である。手持ちのカネの関係上、月に何日かは煙草が購入出來ない日があるのは、致し方ない。
私が「カンテラ」を書くに当たつて、高橋葉介氏の漫画「夢幻紳士」-サーガとも呼ぶべき大河の流れ- に影響を受けた事は、否定しない。高橋氏は、早川書房版「夢幻紳士」の執筆期間中、禁煙されてゐた(主人公・夢幻魔実也もそこでは禁煙してゐる)やうだが、執筆を疎かにするどころか、いつもの數倍もの緻密なストーリー展開で、「夢幻」を描かれてゐる。
プロへの道は、遠いな、と私は正直思ふのである。私が禁煙をしてゐる間のカンテラには、生氣がないやうに、私は思ふ。だがそれは余談である。今回は、怪盗もぐら國王助手・枝垂哲平のお話。
【ⅱ】
枝垂「國王、折り入つて話が」國王「なんだい? 急に改まつて」枝「實はね、『傍観者null』の事なんだけど」國「まだ、生きてゐるとか? かい?」枝「さうなんだ。まだ、しぶとく俺を誘惑してくる」國「それはいかんな、直ぐにカンさんに相談しないと」國王、自分たちが、廣い意味での「カンテラ・ファミリー」の内にゐる事を、自認してゐた。それも近頃の話だが...
【ⅲ】
カンテラ事務所内。じろさん「枝垂くん、元氣なやうで、何より」枝「此井先生、その節はだうも。今日は相談事、訊いて貰ひたくて、來たんですよ」國「nullがこいつをまだ、攫ひたいらしいんです」じろ「何? まだ生きてゐたのか」カン「彼奴は確かに、生きてゐるよ。俺が止めの一撃を食らはす前に、消えたからな」
枝「それがね、夢で、『また一緒に仕事しやうよー』の一點張りなんスが、それだけなら断りやいゝんだけど、その姿が、赤ん坊なんスよ。氣色惡くて」カン「はゝあ」じろ「何か、思ふところあるの? カンさん」カン「赤ん坊なら、俺らに殺られる事、ないだらう、つて、踏んでるんだよ。俺が君繪つて云ふ子を持つた事、見透かしてるのさ」じろ「ところがどつこい、カンテラ一味はそんな安直なヒューマニズムでは、動かない、と」カン「さう。俺はさう云ひたい」
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〈藤棚に集ふ蜜蜂作る蜜藤の薫りが濃厚にする 平手みき〉
【ⅳ】
で、カンテラ、例により、夢に潜入。今度は枝垂の夢なのは、云ふ迄もない。今回はじろさんも同道。念の為に、睡眠導入劑・デエビゴを枝垂に服用させた。
null「ほぎやあほぎやあ」じろ「おーよしよし。可愛い子だねえ(内心、嗤つてゐる)」誘惑されかゝつてゐる、枝垂が顔を見せた... じろさん、彼にデコピンを一撃。枝「はつ!」じろ「しつかりしろよー、兄ちやん」枝「す、濟みません...」
カンテラ、懐紙を水(水に溢れた夢だつた。寢る前にカンテラがサジェストして置いたせゐ)に浸した...
【ⅴ】
赤子姿のnullだつたが、その奸計はバレバレで、カンテラは靜かに、彼の赤子である顔に、濡れた懐紙を、掛けた- カンテラには、nullとの闘ひの日々が、走馬燈のやうに思ひ出されたけれど、nullは死ぬ間際、同じ夢を見たらうか? 答へはNOである。彼は自己中心的な、と云ふ意味での【魔】らしく、そんなジコチューな事を二三、思つたゞけで、落命した。
枝垂は、國王の「内弟子」である。最近では、國王の奢りのステーキ丼弁当を、食ひつけてきた。身の回りの事には、特にカネは、使はない。カンテラ事務所内に於ける、杵塚、牧野の如く、である。従つて、仕事(無論、盗み)の取り分、山分け(國王は、彼を弟子と云ふよりか、仲間、と捉へてゐた)は、身に余つた。それで、たんまり(ほゞ、五百萬圓ほど)、この一件の仕事料として、支払ふ事が出來た。
【ⅵ】
nullは赤子姿の儘、冥府に墜ちて行つた。途中でルシフェルを見掛けたのだが、彼は大天使の成りをしてゐた(魂が浄化されたのだらう)ので、氣付かなかつた。果たしてnullは、ルシフェルのやうに、「更生」出來るのであらうか? なんだか、邪惡さや卑怯さでは、nullの方が上回つてゐるやうにも、見受けるが... それはまた、別のお話。今回はこゝ迄。
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〈盗人にも五分の云ひ分春はまた廻る月日に取り込まれてゐる 平手みき〉
お仕舞ひ。