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第96話 踊れないなら、合わせればいいじゃない

「この数ヶ月間、彼女と共に鍛練を重ね、強くなり、そしてグランドクエスト攻略に大きく貢献してくれた————冒険者、クローム・ノアにこそ、彼女と最初に踊る資格がある!」



 その場にいる全員の視線が注目する。

 まるで舞台のスポットライトが僕を照らしたかのように、その場にいる人間全てがこちらを見ていた。


 ど、どうして僕が————?

 舞踏会の最初は今日の主役が踊るものじゃないの?


 そもそも、ダンスなんて踊ったことないんだけど……



 既に楽団が美しいワルツの調べを奏で始めていた。



「マリーと踊ってこい」



 レックスが笑みを浮かべながら、僕の背中を押す。



「そんな! ぼ、僕はダンスなんてお、踊れないですよ……!?」


「そんなの私達だって踊れないわよ」



 レオナが屈託のない笑顔を浮かべながら、あっけらかんと答える。


 僕達は冒険者だ。


 王宮の舞踏会で披露されるような洗練されたダンスを知っているはずがない。

 社交界の教養など、縁のない世界の話だった。



 だが、皆、僕達だったら大丈夫だと確信しているようだった。



「でもお前らなら、大丈夫だろ」



 ラウムも力強く僕の肩を叩いて、激励の言葉をかけてくれる。


 ずっと一緒に鍛錬してきて、勇者一行随一の、最強の連携ができるバディ。

 二人なら、大丈夫だと————



「お前しかいない。というか、お前がいかなくてどうすんだ」



 そう言って、僕の背中は強引に前に押し出された。

 マリーの目の前に踊り出される。


 周囲を取り囲む貴族達、使用人達、そして温かく見守る勇者の仲間達————全ての視線が僕という存在に集中している。


 生きた心地がしない。

 息苦しい緊張感が僕を包んでいた。



 恐る恐る正面のマリーに目を向けると、彼女はなぜか天井の方を見上げていた。

 深呼吸をするように、ふうと静かに息を吐くと、ゆっくりと僕の方に向き直る。


 お姫様らしい穏やかな笑顔だった。



「————勇気ある冒険者様、私と踊ってくださいますか?」


「は、はい……」



 王女としての品格が滲み出る丁寧な所作でお辞儀をするマリー。

 その姿に、僕はままよという気持ちで震える手を差し出し、彼女の柔らかく温かい手を取った。


 そして、記憶の片隅にあるわずかなイメージを頼りに、おぼつかない手つきで舞踏のポーズを取った。



 こ、これで合ってる……?

 こっから次どう動けばいいの?


 体がガチガチに緊張で固まってしまい、次の動作など全く分からない。

 そもそも踊り方など知らないのだから、どの足から動かすのかなんて何も分からない。


 こんな不甲斐ない姿、大勢の人に見られたくない。

 何より————目の前にいる彼女、マリーに見られたくない。

 彼女の前でみっともない姿を晒すことだけは、どうしても避けたかった。



 その時————



「ふんぎっ————!」



 突然、激痛が足を襲った。

 マリーが僕の足を思い切り踏みつけたのだ。


 その痛みによる衝撃が、ふわふわと浮遊していた僕の意識を一気に現実へと引き戻す。



 そして、次の瞬間、マリーが僕の体を一気に自分の方へと引きつけた。

 距離が縮まった瞬間、彼女から仄かに香る上品な花の香りが僕の鼻腔をくすぐる。



「————力抜いて、私に合わせて」



 彼女の温かい息が僕の耳元で囁かれた。

 その声音は、先ほどまでの王女様のものではなく、親しみやすく自然————いつものマリーの声だった。


 体を少し離し、改めて目を合わせる。

 マリーの瞳には、信頼に満ちた光が宿っていた。



「いつもみたいにやるの……! できるでしょ?」


「う、うん……」



 その言葉を合図に、二人は音楽に合わせて動き出した。

 楽団の演奏に合わせて、マリーがステップを踏む。


 動きを合わせる————動きを合わせる————

 頭の中でそれだけを反芻する。

 マリーのリードに身を委ね、彼女の動作に全神経を集中させる。


 僕はダンスに関しては全くの素人だった。

 だからこそ、経験豊富なマリーに全てを委ねるしかない。


 彼女が足を前に出そうとする時は、僕は後ろに引く。

 彼女が後ろに下がろうとする時は、僕は距離を詰める。



 すると、マリーのリードが上手いのか、固まっていた体が次第に動き始める。

 彼女が動く方向をすかさず察知して、同じ方向へと動く。


 ダンスを全くと言っていいほど知らないのに、体は勝手に音楽に乗り始めていた。



 マリーの一挙手一等足に全て注意を払って、体を同調させる。


 ずっと二人でやってきたことだ。



 今までの日々が脳裏に蘇る。


 闘技大会で初めて共に戦った時。

 二人で試練を乗り越え、勇者に認められた時。

 強大な敵を前にしても、自分達のできることを探して、二人で一緒に————



 心が離れてしまった時もあった。

 それでも、僕が諦めず追いかけて、彼女もそれに応えてくれた。

 僕が自分を信じられなくなった時も、彼女が側にいてくれたことで、気付かされた。


 マリーがいてくれたから、僕は初めて自分を信じることができたんだ。



 マリーの動きに意識を集中することで、いつの間にか緊張は霧のように消え去っていた。

 一心同体の見事な連携に、会場から温かい歓声と拍手が沸き起こる



 時間の流れがゆっくりになる不思議な感覚があった。

 音楽の旋律も、周囲の喧騒も、全てが遠くのもののように聞こえる。


 気づけば、僕の視線はずっとマリーと合い続けていた。


 彼女の澄んだ瞳、美しく艶やかな髪、陶磁器のように滑らかで美しい肌————全てが僕の心を釘付けにして離さない。



 世界がまるで二人だけの空間になったようだ。


 会場にいる大勢の人々も、華やかな装飾も、全てが背景の彼方に溶けていき、ただマリーと僕だけが存在する夢のような世界が広がっていた。



 音楽に導かれるように、二人は優雅に、そして情熱的に舞い踊る。


 マリーのドレスの裾が宙に舞い、僕のスーツの裾が翻る。



 ああやっぱり————


 僕の心はもう、決まっていたんだ————



 黄金色のキラキラとした世界で、僕は、自身の気持ちに気づいたのだった。



読んでくださりありがとうございます。



主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。

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