第92話 勇者ならば、約束を守るじゃない
重厚な扉が静かに開かれ、私は大広間へと足を踏み入れた。
天井まで続く巨大な石柱が立ち並び、その間を縫って差し込む陽光が床に幾何学的な影を落としている。
床一面の真紅の絨毯に精巧な金細工が施された玉座。
そして、その玉座に座られているお父様————アンドレアス王の姿も、いつもと変わらず威厳に満ちていた。
その前には————
「————レックスさん!」
一週間ぶりの再会だった。
紺色のチュニックの上に、騎士のような鋼の胸当て。
動きやすさを重視した、いつもの冒険者服に身を包んでいる。
エンシェントドラゴンを討伐したあの時と同じ、勇者の格好だった。
武器こそ帯剣していないものの、強者の雰囲気がある。
「マリー、体調は治ったみたいだな。よかったよ」
安堵に満ちた優しい笑顔を向けてくれる。
その眼差しには温かな慈愛が込められていた。
胸の奥が温かくなるのを感じた。
「それで————アンドレアス王、マリーはグランドクエスト攻略に大きく貢献してくれました。彼女がいなければ、クエストはクリアできていません」
「にわかには信じられないが、其方が言うのならそうなのだろう」
お父様の表情は特に変わらない。
何を言っても石像のように動じないその姿は、相変わらずだった。
すると————レックスは頭を下げて、お父様に告げる。
「約束通り、私はアンドレアス王国の傘下に入ります」
「————ええ!?」
予想だにしなかった言葉に、私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
さ、傘下に入るって—————
冒険者を辞めるってこと!?
「ちょ、ちょっとレックスさん!」
「約束は約束だ。私は一度交わした約束を違えるような人間ではない」
約束……?
約束ってもしかして、お父様と交わした一番最初の約束?
てっきり冗談というか、方便だと思っていた。
私を仲間に引き入れるためだけの、その場限りの言葉かと。
まさか、私だけのために、今までの栄光を捨てようだなんて。
ただ女王になりたいという浅はかな私の願いのためだけに。
それにもう、女王になりたいだなんて————
「わ、私のことは気にしないでください! あの時の私は、あなたを権力争いに利用しようとしていたんですよ!? そんな私なんかのために————」
「それでも、約束は約束だ。お前の思惑を分かった上で、アンドレアス王と契約を交わした、それに————」
レックスは私の頭にポンと手を置く。
「マリーのおかげで、この国が好きになったんだ。約束だから仕方なく参加に入るのではない。私の心からの望みだよ」
「レックスさん……!」
涙が込み上げてきそうになる。
どうしてこんなにも優しいのだろうか。
この英雄は。
「本当にいいのだな?」
「はい。なお————二つだけ条件があります」
レックスは表情を引き締め、真剣な面持ちでお父様に向き直る。
「まず一つ————エンシェントドラゴンを討伐したことで、我々は大陸に伝わる四大クエストを制覇しました。これにより、大陸中央の世界最大のダンジョンに挑む権利が得られます。ですので、最後のクエストをクリアするまで、傘下に入ることをお待ちいただきたいのです」
「それはもちろんだ。グランドクエストには期限があると聞いている。わしがここで其方を止めるほど、分からず屋ではない」
エンシェントドラゴンを討伐したことで得られた報酬。
『古代の羅針盤』
あれが指し示す先は、グランドクエストの最終ダンジョンだ。
レックス達はこれから、最後の試練に挑もうとしているのである。
「そして、もう一つ。傘下に入るのは、私一人だけにさせていただきたい」
「え?」
またもや、考えてもみない要求が出され、私は耳を疑ってしまった。
だが、彼女の要求は、とても真っ当なものだった。
「私以外のメンバーは、皆それぞれ夢を持っているのだ。私の目的はグランドクエストの達成だが、皆にはそれからの将来もきっと広がっている。私はその妨げにはなりたくない」
彼女の表情は、仲間への深い愛情に満ちた優しいものになっていた。
そっか。
そうだよね。
あくまで、参加に入ることを約束したのは勇者レックスのみ。
他のメンバーは関係ない。
彼らの————クロの未来を、邪魔しちゃダメだよね。
「承知した。其方の願いは受け入れよう」
「ありがとうございます」
お父様は鷹揚に頷き、レックスの要求を快く承諾した。
その表情には、勇者への敬意が込められているようにも見えた。
「ではレックス殿、話は終わりだ。下がって良いぞ」
レックスは最後に私の肩を優しく叩いた後、足音を響かせながら玉座の間を出ていった。
重厚な扉が閉まる音が響き渡り、その場所には私とお父様のみが残される。
静寂が再び大広間を支配した。
「マリナス」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれ、私は反射的に姿勢を低くした。
「約束は約束だ。勇者が約束を守った以上、わしも約束を守るのが筋」
お父様は表情を変えることなく、静かに、しかし確固たる意志を込めて告げるのだった。
「次の王位をお前に託す」
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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