第91話 会うのが恥ずかしいなら、一旦逃げればいいじゃない
勇者一行がグランドクエストを見事に成し遂げたという知らせは、風のように王都全域へと駆け巡った。
街角の酒場から貴族の邸宅まで、あらゆる場所でその武勇伝が語られている。
この地方でグランドクエストが達成されたのは実に二十年ぶりのこと。
街全体が祝福の熱気に包まれていた。
そして同時に、私————王女マリナスがその偉業に貢献したという噂も、人々の間を駆け抜けていた。
「ど、どのように戦ったのですか!?」
「ドラゴンってどんな姿だったのです? 意外と可愛かったり?」
「あの東の山脈を進んだのでしょう? 足が痛くなったりしなかったのでしょうか?」
私は王宮の迎賓室で、息つく暇もないほどの質問攻めに遭っていた。
普段なら優雅に茶会を楽しんでいるはずの令嬢たちが、まるで記者のように身を乗り出し、キラキラと輝く瞳で私を見つめている。
一国の王女がグランドクエストに挑戦するなど、前代未聞の出来事である。
まるで宝くじの一等が当たったのではないかというくらいの大騒ぎだった。
「やっぱり冒険者って蛇とかトカゲとか食べるのですか……?」
「レックス様! レックス様のことを紹介してくださいまし! わたくし前々からあの方のことが————」
「いやもう無理!」
息苦しさに耐えきれず、私は立ち上がって部屋を飛び出した。
目が回りそうだ。
王宮の大理石の廊下を駆け抜け、、自室に逃げこんだ。
「あら、もうお帰りになられたのですか? マリナス様」
部屋では専属の侍女テレシーが、いつものように丁寧に調度品の埃を払っていた。
ついさっき意気揚々と出かけたばかりだというのに、もう帰ってきたのだから、彼女の困惑した表情も無理はない。
「あ、あんな騒ぎになっていたら外に出られないわよ!」
どこへ向かおうとも人だかりができ、好奇の視線が突き刺さってくる。
まるで珍しい動物を見るような目で見られるのは、想像以上に疲れるものだった。
こんな状況では、まともに城下町を歩くことすらままならない。
もちろん勇者達に会いに行くことも————できないわよね?
それを聞いて、テレシーは首を傾げる。
「妙ですね。いつものマリナス様だったら、そんなの気にせずに外に出てしまわれるのに」
「え? そ、そうかな……」
そんな指摘をされるとは思ってもおらず、動揺する。
普段の私なら、周囲の騒ぎなど意に介さない。
常に周囲の注目を浴びる存在なのだから、いちいち相手にできないのだ。
それがなぜ今日帰ってきてしまったというと————
「もしかして————誰かに会いたくないとか?」
ぎくっとして、背筋が強張る。
手のひらにじんわりと汗が滲み、頬が熱くなっていくのを感じた。
「たとえばクロ様とか」
「いや何で全部わかるのよ」
テレシーの鋭い洞察力に完全に看破され、顔が燃えるように赤くなってしまう。
心の奥底まで見透かされているようだった。
「急にどうされたのですか?」
「……」
言葉が喉の奥で固まってしまう。
何だか彼に会うのが、途轍もなく気恥ずかしくなってしまったのだ。
一体何を話せばいいのか、どんな顔で向き合えばいいのか————
そんなことばかり考えて、足が前に進まない。
王都に帰還してから既に一週間近くが経とうとしているというのに、この体たらくである。
というか、グランドクエスト攻略中、なんだかすんごい距離近かったわよね……
ずっとクロにひっついていたような————
具合悪かったんだから仕方ないんだけど、元気になってから思うと、流石にやりすぎたかも……
別に付き合ってもないのに、あんなにベタベタしたら、引かれたんじゃないだろうか。
というか————付き合うってなんだ?
この世界にも付き合うっていう概念あるの?
付き合ったら、抱きついたり、一緒にいたりするのが普通になるってこと?
他にも、その先も————
色々想像してしまい、どんどん顔の温度が上がっていく。
私、どんな顔してクロに会えばいいの〜〜!?
「使用人の私が言うことではありませんが、会える時に会っておくべきですよ。彼らは冒険者であって————」
テレシーの助言が途中で遮られた。
扉の向こうから、控えめなノック音が響く。
別の使用人が、部屋に入ってきたのだ。
「マリナス様、国王様がお呼びです」
「お父様が?」
このタイミングで、一体何の用件だろうか————
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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