第81話 皆で繋いでくれたなら、逃げればいいじゃない
武者丸とレオナの命を懸けた援護によって、私たちはついにエンシェントドラゴンの懐深くまで入り込むことができた。
巨大な鱗に覆われた腹部が目の前に迫り、古龍の体温が肌に伝わってくるかのようだった。
しかし、この距離ではまだ不十分。
ドラゴンの鼻先まで、あと少しの距離を詰めなければならない。
だが、ここまで近づいてしまえば、腕の長いエンシェントドラゴンでは何もできないはず。
そう思っていたのだが————
その時、ドラゴンの身体に異様な変化が起こった。
腹部の辺りが不自然に盛り上がり、新たなドラゴンの腕が生えたのだ。
「な、なにこれ!?」
「何でもありじゃないですか!」
新たに出現した腕による攻撃が、容赦なく私達に迫ってくる。
予想外の事態に、誰も反応することができなかった。死が目前に迫る————
その時————
「————こういう時のために、体力を温存しておいて正解だったなあ!」
突然、地中から誰かが現れた。
魔法のバリアによって青白く包まれた大柄な男の姿。
そして、その隣には小柄な魔法使いの少女。
ラウムとニカだった。
二人とも傷だらけながら、確かに生きていた。
「ラウムさん!」
「お姉ちゃん!」
生きていたんだ。
流石は伝説の勇者の仲間。そう簡単にはくたばらない。
地下に隠れて、絶好の機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
ラウムは大楯を振りかぶり、エンシェントドラゴンの刺突攻撃に思い切りぶつけた。
「どっせえええええい!」
ニカの魔法によってバリアを付与された大楯が、ドラゴンの攻撃を見事に受け止める。
火花が散り、金属の激突音が響き渡った。
「レックス! クロ! マリー! チカ! このまま上に行け!」
ラウムの頑強な肩を踏み台にして、私たちは一気に飛び上がった。
ついにドラゴンの顔面に肉薄する。
しかし、敵もなりふり構わずに反撃に転じた。
エンシェントドラゴンの新たな腕が体のあちこちから次々と生え出したのだ。
完全に包囲されてしまう。
「こ、こんなん無理だよ〜!」
「心配するなマリー。私がやる」
その時、レックスが剣を構え、深く目を瞑って精神を集中させる。
そして、大きく目を見開くと同時に、剣を振り抜いた。
『ソーサリー・ブレイバー』
無数の閃光が宙を煌めく。
高速の斬撃が嵐のように襲いかかり、周囲のドラゴンの腕を全て弾き飛ばした。
切断された腕が黒い血を噴きながら地面に落下する。
「このまま行け! クロ! マリー!」
ついに、ドラゴンの巨大な目の前まで迫ることができた。
琥珀色の虚な瞳が、私達の姿を映し出している。
「お願い! チカ」
「————承知」
チカが魔法の杖をドラゴンの眼前に向ける。
そして————短い呪文を唱えた。
『フラッシュ』
ドラゴンの目の前で、チカは簡易閃光魔法を発動した。
太陽よりも眩い光が爆発的に放たれ、周囲一帯を真っ白に染める。
目の前でこんな強烈な光を浴びたら、どんな生物でも目が潰れるはずだった。
だが————
『————オオオオオオオオ』
ドラゴンは何事もなかったかのように、普通に噛みつこうとしてきた。
「やばああああい!!」
私とクロは何とか身を捩って、間一髪で噛みつき攻撃を回避した。
そして、地面に着地するなり背中を向けて、一目散に走り始める。
「に、逃げます逃げます!」
レックス達はポカンとした表情で私達を見つめている。
ラウムが大楯を担ぎながら、慌てて私に追及する。
「ちょいちょいちょい! あいつを倒す柵があったんじゃないのか!?」
「いいんです! 逃げます!」
私はそう言い切り、倒れた武者丸や他のメンバーを支えながら逃げ去った。
背後でエンシェントドラゴンの怒りの咆哮が響き渡っていた。
脇目も振らず必死に走り続け、全員、先ほどの小さな横穴まで何とか逃げ切ることができた。
「あ、あぶねえ……!」
「死ぬかと思いましたね〜」
「ほんとに————って、エンシェントドラゴン倒す予定じゃなかったん!? あんなに頑張って目の前まで行ったのに!?」
レオナが血相を変えてツッコむ。
先ほどの戦いは、紙一重の連携で成り立っていた。
一人でも欠けていたら、全員やられていただろう。
それほど奇跡的な戦いを繰り広げていたのに、倒さずに逃げ帰るというのは皆納得できないのも当然だった。
だが、これでいいのだ。
「マリー、どういうことなんだ?」
レックスが私に尋ねる。
私は呼吸を整えて、口を開いた。
「結論から言います」
私は仲間達全員に向かって告げる。
「あのドラゴンは————既に死んでいます」
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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