表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/175

第7話 喧嘩を止めたいなら、最強のメイドにまかせればいいじゃない

「そいつを放せよ」



 私?は静かに、しかし毅然とした声で男の腕を掴んだ。

 身体の芯から湧き上がる不思議な力に導かれるように。



「ああ? なんだお前は」



 強面の冒険者が凶悪な形相でこちらを向く。

 普通の女の子なら一目散に逃げ出してもおかしくない威圧感に満ちていた。


 だが、私?は焦点の合っていない、まるで遠くを見るような目で、ただ男の腕を掴んでいた。

 自分でも理解できない何かの意思が身体を支配していた。



「離せと言っている。じゃなきゃ————容赦しねえ」



 声は自分のものなのに、なぜかいつもの柔らかさがない。

 冷たく澄み切った響きが路地裏に反響した。



「あ? このチビ、調子に乗って————痛って……」



 冒険者が顔を引き攣らせる。

 その男の腕に私?の掴む手の指が食い込み、動かすことのできない腕が小刻みに震えている。



「どうしたどうした?」


「あ? なんだこのチンチクリンは」



 騒ぎを聞きつけて、冒険者の集団が足音も荒々しくこちらにやってくる。

 皮鎧の軋む音と酒臭い息が近づいてくる。



 そこで————私はふと我に返った。


 目の前の現実を認識した瞬間、さっきまでの不思議な勇気が嘘のように消え去っていた。

 気づけば、私は荒くれ者たちに完全に囲まれてしまっていた。



「あ……いやぁ……そのぉ」



 ま、まずい。


 心臓が喉元まで飛び上がる思いだった。

 こんな怖そうな男達に勝てるはずがない。


 さっきの私はどうしてあんなにも強気な態度を取っていたのだろう。

 頭の中で霧が晴れていくように、我に返った私は絶望的な状況に気づいていた。



「なんだよこのガキ、俺達の邪魔しようってんならやっちまうぞ」


「あのぉ……私実はアンドレアス王国第一王女なんですけど……」


「あん? そんなバカみてえな嘘信じるわけねえだろ」



 そ、そうよねぇ……


 私だって急に目の前に女の子が現れて、総理大臣の娘ですとか言われても信じられないもん。



「おい……随分舐めた態度取ってくれたな?」


「ひ、ひぃ!」



 すぐにでも拳を振るわれそうな勢いだ。

 男の目が獲物を見るように獰猛に光り、私に向かって一歩踏み出してきた。


 かくなるうえは————


 私は後方にピューっと走り出した。

 風を切る音がするほどの速さで。


 そして、後から追いついてきたテレシーの背中にサッと隠れる。



「あ、あとは任せるわテレシー」



 小さな声で甘えるように言う私。



「はぁ……自分で喧嘩を売ったくせに、やっぱりこうなりましたか」



 テレシーは呆れた表情を浮かべながらも、私を引き剥がしたりはしない。

 私がテレシーの後ろに隠れたことにより、荒くれ者達の標的はテレシーに向けられる。



「今度はなんだ? メイドが出てきたぞ」


「女が俺らとやろうってのか? あん?」



 嘲笑まじりに私たちを取り囲む。

 獲物を前にした獣のように歯を剥き出していた。


 余裕が滲み出る男達に対し、テレシーは諦めたように溜め息を吐いた。



「————しょうがありませんね……あなた達にはマリナス様を怖がらせた罪で、痛い目を見てもらいます」



 テレシーが構えると、空気が変わる。

 一気に私の知らないテレシーになる。



「おいやっちまえ!!」



 声をあげて走ってきた冒険者の足を払いのける。

 テレシーの動きは風のように軽やかで、しかし雷のように速い。


 一瞬で冒険者の足が宙に浮き、重たい音を立てて地面に倒れる。


 テレシーは留まることなく次の男に向かった。

 振るわれた拳をかわし、相手の力を利用して投げ飛ばす。


 残りの二人が両側から襲いかかってきたが、テレシーはその隙間を縫うように身をひねる。

 誰もいなくなったところで、冒険者達は急に止まれず、派手に激突して背中から倒れこんだ。



 その動きは舞うようにしなやかで、まるで見事な踊りを披露しているかのよう。


 一気に4人の冒険者達を片付けてしまった。


 地面に転がる彼らの唸り声だけが、テレシーの圧倒的な強さを物語っていた。



「すごーい! 流石テレシー!」



 私は満面の笑みを浮かべて、テレシーに走り寄る。

 心からの尊敬と安堵が胸いっぱいに広がっていた。


 しかし、テレシーは無表情のまま、私の頬をぎゅうっと引っ張る。



「自分で収拾をつけられないなら、今後は考えなしの行動はお控えください〜〜!」


「痛い痛い! ごめっ……ごめんなっ……ごめんなさい〜〜〜〜!」



 頬を引っ張られながら必死に謝る私。

 割と本気めの注意をくらった。


 まあ確かに今回のは、一国の王女じゃなくとも、危険とされる行為だ。

 路地裏で見知らぬ男たちに喧嘩を売るなんて、どう考えても愚行。


 どうかしていた。



「うう……」



 頬をさすりながら、路地裏の奥の方に目を向ける。

 すると、薄暗い影の中に小さな人影が見えた。



 その時————目が合った。



 ぴたりと、まるで吸い寄せられるように彼の瞳と視線がぶつかる。


 時間が止まったような不思議な感覚に包まれた。



 そこには、小柄な冒険者が1人唖然とした表情で座っていた。


 初々しい装備と若い顔つきから、まだ経験の浅い新人だと分かる。



 一見普通の、新米冒険者なのに、私はしばらくの間、ぼうっと彼の姿を見てしまっていた。



 よく見ると、彼の黒い髪は乱れ、頬には青痣があった。


 先程の冒険者にいじめられていたのだろうか。



「あなた、大丈夫? 立てる?」



 心配そうに声をかける。

 少年の目に宿る不安を和らげたいという気持ちで、手を差し伸べた。



「は、はい……」



 か細い声で答える少年。

 少年が躊躇いがちに伸ばした手を取り、引き上げようとする。



「……っ」



 立ち上がろうとした瞬間、少年の顔が痛みで歪んだ。



「ん? 怪我をしているの?」



 よく見ると、膝に擦り傷ができていた。

 皮膚が削れ、未だ出血している。



「ちょっとじっとしててね」


「マリナス様?」



 テレシーが声をかけるのも無視し、私は路地裏に並べられた木箱を開ける。


 ここがちょうど酒場の裏手でよかった。

 箱の中から蒸留酒を拝借し(王女だから許して)、少年の膝に慎重に垂らし、洗浄と消毒をする。

 少年が小さく息を飲む音が聞こえた。


 そして私は、躊躇うことなく自身の純白のドレスの端を千切った。

 清らかな布地がと音を立てて裂ける。



「ちょ、ちょっと————」


「安心して。王国のどこを探しても、このドレスほど清潔な布はないわ」



 少年が驚きの声を上げるが、そんなことにはお構いなしに、私は治療を進める。

 裂いた布で傷口を優しく拭い、圧迫して止血し、最後にきれいに包帯のように巻きつけた。

 手先は器用に動き、そして大方の処置を済ませた。



「————よし、これで大丈夫でしょ」



 満足げに微笑みながら、仕上がりを確認する。



「すごい……! 痛みがなくなってる!」



 少年は目を丸くして、自分の膝を見ている。

 ジャンプしても、もう痛みを感じていないようだ。

 包帯は完璧に傷を守りながらも、動きを妨げない絶妙な具合に巻かれていた。



「次は気をつけなさいよ————さあ、テレシー、私達は行きましょ」



 立ち上がり、埃をドレスから払いながら、テレシーに言った。

 なんだか気になる少年だったが、これ以上、用はない。



「これだ……僕の求めていたものは————」



 すると、少年が何かを呟く。


 私達は路地裏を後にしようとする。

 だがそれを、少年は進行方向に先回りして止めさせた。



「え、何?」



 予想外の行動に戸惑う私。

 少年の顔には決意が満ちていた。



「————してください」



 風が吹き、言葉の一部が攫われてよく聞こえなかった。

 耳を澄ませてもう一度聞こうとすると、少年が大きく息を吸い込む。


 そして、大声で私に言った。



「僕と一緒に、闘技大会に出てください!!」



 静寂が走る。

 路地裏に少年の声だけが響き渡り、時間が止まったかのようだった。


 やっと言語を理解できた私は、少年よりも大声で叫んだ。



「な、なんで〜〜〜〜〜〜〜〜!!?」


読んでくださりありがとうございます。



主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。

もしよければ↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!


ブックマークもお願いします!



あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!


よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ