第73話 成長したいなら、甘えた自分を正せばいいじゃない
グランドクエストのターゲット————『エンシェントドラゴン』
その伝説級の魔物は、東ダンジョンの最奥に封じられた扉の先に潜んでいる。
数千年もの間、古代の封印によってその眠りを保ってきた竜王の力は、想像を絶するものだと語り継がれていた。
だが、そこにたどり着くためには、まずこの東の山脈を越えねばならない。
険しい岩肌がそびえ立つ山々は、多くの冒険者たちの行く手を阻んできた天然の要塞だった。
断崖と風、細い尾根と岩場。
一歩でも踏み外せば、数百メートル下の谷底まで真っ逆さまに落ちる。
常人では、すぐに体力が尽きて登れなくなってしまうだろう。
空気の薄さも相まって、冒険者でなければ山腹にすら辿り着けずに引き返すことになる。
「……ふう」
汗が額を伝い、重たい足を引きずりながら、きつい傾斜を踏ん張って登る。
一段と視界が開けた場所でようやく息をついた。
僕達は今、山腹の中ほどまで来ていた。
眼下には雲海が広がり、遥か彼方まで続く山並みが幾重にも重なって見える。
標高は軽く二千を越えていた。
それでも、みんな体力を残したまま、ここまで来れている。
流石は勇者達。
この過酷な環境にも関わらず、誰一人として弱音を吐く者はいなかった。
「これくらいのハイキングなら、大したことないね」
「もっとこう、楽に移動できねえのか? でけえ鳥に乗って移動するみたいな」
「ファンタジーすぎるでしょ。バカ丸」
「バカ丸————」
「バカ丸————」
「なんだとてめえら!?」
レオナ達のいつものいじりに、武者丸が憤慨する。
グランドクエストの道中にも関わらず、勇者達はいつも通りだった。
今の所、大きな問題はない。
この過酷な環境の中でも変わらぬ彼らの軽口が、逆に僕の心を軽くしてくれる。
普段と変わらない勇者達が、頼もしかった。
しかし————
「————あれ? マリーはどうした?」
ラウムが立ち止まり、後ろを振り返る。
列の最後尾を歩いていたはずのマリーが、どこにも見当たらなかった。
「えっ、まさか、倒れたんじゃ————」
一瞬のうちに、血の気が引いた。
心臓が早鐘のように打ち始め、悪い予感が脳裏を駆け巡る。
マリーはまだ毒の影響で体力が戻りきっていない。
昨日まで高熱にうなされていたのだ。
この悪環境で、体調が悪化してもおかしくない。
まさか、坂を登っている途中で倒れて滑落したとか————
「おいマリ————」
「いやいやいや! ここにいますって!」
声のしたほうを振り返ると、木陰からマリーがひょこっと顔を出した。
表情は明るく、王族らしく整いながらも人懐っこさもある笑顔を浮かべている。
頬は少し上気しているものの、それも登山による自然な紅潮に見えた。
「人を足手纏いみたいに言わないでくださいよ〜! 昨日一日しっかり寝たんですから! 絶好調です!」
「おお、そりゃよかった! 想定より元気そうで何よりだな!」
そう言って、マリーとラウムは笑い合う。
昨日まで毒の影響で寝込んでいたとは思えないほど、元気な様子だった。
「そろそろ腹が減ったぜ。おいマリー、何か作ってくれよ」
「休憩かと思ったら、いきなりご飯の話ですか〜? だからバカ丸って呼ばれるんですよ」
「そうだぞ。バカ丸」
「「バカ丸————」」
「てめえら……! いい加減にしろ!!」
再び、笑いが溢れる。
陽だまりのような暖かい笑顔を浮かべる彼女を見ていると、本当に調子が良くなったのだと思えた。
よかった……
マリーの体調だけが一番気がかりだったから。
彼女は一通り笑うと、僕の方に近づき、手を取った。
その手のひらは少し湿っているような気がしたが、きっと登山の汗だろう。
「ちょっとトイレに行ってきますね! クロ、ちょっと————」
「え?」
僕は彼女に無理やり木陰の奥に連れて行かれる。
トイレって————僕、トイレに連れてかれるの?
女子と連れション……?
かなり困惑(少しドキドキ)しながら、マリーの後について行く。
そして、彼女は僕の方に振り返った。
「クロ……ちょっとごめんね————」
バランスを崩したのかと思った次の瞬間————
彼女の体が、ふわりと僕に倒れ掛かってきた。
「マ、マリー……!?」
僕はすかさずマリーの体を支える。
彼女の体重が予想以上に重く感じられたのは、完全に力が抜けてしまっているからだった。
支えた腕に伝わってくる体温が、異常だった。
「すごい熱————さっきまで、ずっとこれを隠して……?」
息を呑んだ僕に、マリーはかすかに微笑む。
その笑顔はいつものように屈託がないものではなく、痛々しいほど無理をして作り出されたものだった。
「皆の足……引っ張れないから、ね……」
その言葉に、胸が痛くなった。
彼女がどれほど気丈に振る舞っていたのか、今になってようやく理解できた。
昨日、丸一日寝込んでいたのに、こんな無理をしていたなんて。
「私……頑張るから……絶対に皆の役に立つから……」
震えるような声で、彼女は言う。
その健気さに、僕の心は激しく揺さぶられた。
何をやってるんだ僕は。
マリーの異変に気づけなかったなんて……
マリーが毒から生還した時、僕は心の底から歓喜した。
死の淵から目覚めて、ただ安心して————それでどうした?
いつまで浮かれているつもりだ。
何の役にも立ってないぞ。
まだ————僕は甘いんだ。
甘くて、弱くて、何も成長していない。
彼女が懸命に頑張っているんだから、元気な僕がそれ以上に頑張らなくてどうする。
強くならなきゃ。
今度は絶対に、マリーを守るんだ。
「————大丈夫です」
僕は静かに、だけどはっきりと答えた。
いつも以上に、強い意志を込めて、「大丈夫だ」と彼女に告げる。
「マリーは、絶対に僕が支えます……! 僕が、守りますから!」
僕は感情のままに、マリーを強く抱きしめる。
いつの間にか、彼女を抱きしめることに、僕はなんの抵抗もなくなっていた。
少しでも彼女が安心できるように。
僕の体温が彼女の震えを和らげることができるように。
彼女の支えになれるように。
ただその思いで、僕はマリーを抱きしめていた。
木漏れ日の中で、二人だけの時間が静かに流れていく————
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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