第71話 主人を連れてかれたくないなら、私が行けばいいじゃない
マリーには、今日一日安静にしてもらうことになった。
体力は戻りきっていないし、毒の影響が、完全に消えたとは言い切れない。
明日の出発までに全快にはならないかもしれないが、少しでも体力を回復しておこうという判断だ。
マリーが静かに眠りにつけるように、僕達はマリーの部屋を出る。
王宮の廊下を進んでいた、その時だった。
「マリナス様を連れて行くのをやめてください」
マリーの専属のメイドであるテレシーが、僕達に立ち塞がるように廊下の中央に立っていた。
その声には、いつもの使用人らしい柔らかさはない。
まるで鋭く尖った刃のような、明確な敵意がにじんでいた。
「マリナス様は冒険者ではありません。これ以上、あなた達に付き合う義理はないのです————はい、と言ってくださるまで、ここを通しませんよ」
仁王立ちしている彼女の瞳に宿る光は、主人を護ろうとする番犬のそれに似ていた。
ただの使用人が出せる雰囲気ではない。
その佇まいからは、何か特別な訓練を受けた者特有の気配が漂っていた。
彼女は一体何者なのだろうか————
そこで、レオナが一歩踏み出し、語気を強める。
「マリーは必要だよ! 私達は8人でワンチーム。マリーがいないと、クエストは————」
「そんなの関係ありません。マリナス様はこの国の王女。これ以上、危険な目に合わせるわけにはいきません」
テレシーは、レオナの言葉を遮るように言い放った。
その声音は氷のように冷たく、交渉の余地など一切ないことを物語っている。
「マリナス様は毒に侵され、死の淵を彷徨ったのですよ。その上で、あなた達は危険なグランドクエストに彼女を連れて行こうとしている。人の心がないとしか思えません」
鋭利な刃物のように、僕達に言葉を突き刺した。
彼女の言うことはもっともだ。
命の危険がある場所に、まだ全快ではないマリーを連れて行く。
それは————正気の沙汰ではないのかもしれない。
だが、レックスの————伝説の勇者の意志は固かった。
「————マリーは、私達の仲間だ。だから————連れて行く」
静かに、けれど確かな意志を込めて、レックスが言い放った。
静寂が一瞬だけ、空気を切り裂く。
「そうですか……」
すると、テレシーはお礼をするかのように頭を下げる。
その仕草があまりにも自然で、僕達は一瞬警戒を解いてしまった。
次の瞬間————レックスに向かって疾駆する。
そして、レックスにナイフを突き立てた。
「!!?」
予想外のことで、僕も含め、レックス以外のメンバーの反応が遅れる。
テレシーの豹変ぶりに、思考が追いつかなかった。
だが、レックスは冷静に、テレシーの手を掴んでそれを受け止めていた。
「————どうしても、冒険者としての欲を満たしたいなら、私を連れて行け!」
低い声で、テレシーが呻くように言う。
まるで、殺し屋のような目つきだった。
凄まじい気迫が、廊下の空気を震わせた。
その力は、並の冒険者では相手にならないほどの鋭さだった。
自身の力を証明するかのように、レックスと睨み合う。
だが————
「仲間ではないあなたを、連れて行く気はない」
レックスの声もまた、冷たかった。
感情を押し殺したような、まっすぐな拒絶。
その言葉には、一片の迷いもなかった。
「決めるのは、マリーだ。私達は、彼女の意思を尊重する」
テレシーは一瞬、息を呑んだようだった。
何かを言いかけたが、そのまま唇を噛みしめ、俯く。
レックスは手を離すと、テレシーの腕はだらんと脱力した。
ナイフが石の床に乾いた音を立てて転がっていく。
ここで争っても、テレシーが勇者達に加わっても、なんの意味もないのだと。
レックスの毅然とした態度で、それを悟ったみたいだった。
「————皆、行こう」
後ろにいる僕達に声をかけ、僕達はその場を後にする。
廊下には、立ち尽くしたテレシーだけが取り残された。
彼女の背中は、護りたいものを護れない無力感に打ちひしがれているようだった。
王宮の静寂が、彼女の孤独を際立たせていた。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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