第6話 戦士が欲しいなら、騎士団長を当たればいいじゃない
「あなた、冒険者になってみる気はない?」
「じ、自分ですか……?」
私の提案に、アンドレアス王国騎士団長は困惑したような表情を浮かべる。
彼の切れ長の瞳が驚きに見開き、口元が微かに引きつった。
「申し訳ありませんがマリナス様……私にはマリナス様のような要人の護衛、王国の治安を守るという責務がございますので、冒険者になるのは……」
「やっぱりそうよねえ〜」
分かってはいたことだが、私は肩を落とす。
私の知ってる限り強い人と言えば、王国を守るために日々訓練をしている、王国騎士達しか思い浮かばない。
だが、他の騎士達にお願いをしても、おそらく同じ答えが返ってくるだろう。
「団長さん、騎士以外で屈強な戦士に心当たりはない?」
「ふむ……騎士以外で腕に覚えのある者は、やはり同じ冒険者しかいないのではないでしょうか」
やはりそうか。
餅は餅屋というように、冒険者志望の戦士を探しているなら、冒険者をあたるべきなのだろう。
ただ冒険者と言ってもピンキリだし、王女という私の立場から依頼をして、快く受けてくれる人がいるかどうか……不安が胸をよぎる。
「……分かったわ。ありがとう団長さん」
まあでもやってみるしかない。
私は軽く会釈をして踵を返した。
「あ、あの! マリナス様……!」
その場から立ち去ろうとした時、騎士団長に呼び止められる。
彼の顔には何とも言えない葛藤の色が浮かんでいた。
眉間にはしわが寄り、何か言いたいことがあるようだった。
「ヴィオレッタ様が————いや……」
何かを言いかけたが、結局最後まで言わず、そのまま深く礼をした。
「……お気をつけて、いってらっしゃいませ」
「……うん!」
私は騎士団長の元を去る。
何を言おうとしていたのだろう?
*
「すみません。遠慮しときます」
「私じゃ務まりませんので……」
「悪いけどパス」
「王女だからって権力で何してもいいと思っとるのか!? あ、いや違います……何でもないです……殴ろうとしないで」
「ぜんっぜん、引き受けてくれないじゃないの〜!」
私は日傘の下でブンブンと頭を振る。
午後の強い日差しが石畳の上に鮮やかな影を描き出す。
城下町は活気に満ちていた。
市場では商人たちが声高に商品を売り込み、子どもたちが路地を駆け回っていた。
色とりどりの屋台が並び、香辛料の匂いが鼻をくすぐる。
しかし、この賑わいとは対照的に、私の心は沈んでいた。
今日一日、冒険者組合を歩く冒険者達に声をかけまくっていたが、誰一人として闘技大会へ出場するという依頼を受けてくれない。
後ろでテレシーも肩をすくめていた。
「まあしょうがないでしょうね。一国の王女からの直々の依頼で、しかも優勝すれば、かの有名な勇者パーティへ加入できるとか————」
怪し過ぎる。
前世でもこんなような詐欺あった気がする。
組合で冒険者に声をかけていた時も、まず王女と名乗ってギョッとされ、勇者パーティに入れるよと言ったところで、拒否の言葉が発される。
彼らの表情には「こんな美味しい話があるわけない」という不信感が露骨に表れていた。
勧誘は絶望的だった。
「あ〜あ、どこかに私の言うこと何でも聞いてくれて、それでいてめちゃくちゃ喧嘩も強い人いないのかな————————ちらっ?」
「……何ですか? その目は」
私は期待の目でテレシーを見る。
テレシーの腕、足、そして腹筋を見る。
そう、何を隠そうテレシーは、私の侍女でありながらも、大の男を軽々と殴り飛ばせるほど、喧嘩が強いのだ。
昔は何かのソシキ?に属していたとかなんとか。
その強さは、一国の要人である私の護衛をテレシー一人に任されているくらいなのだ。
「お願いテレシー〜〜! 私のために闘技大会で優勝して〜〜〜〜」
「だあもう、だからくっつかないでくださいって」
泣きつこうと抱きつく私の頬を押しやる。
「私が勇者パーティに入ったら誰がマリナス様のお世話をするんですか。あなたみたいな世話の焼ける王女、誰も面倒見てくれませんよ」
「そんなこと言ったって〜〜明日までに戦士を見つけられなかったら島流しになるも〜〜ん……」
島流しって……政略結婚で外国に行くだけでしょ、とテレシーからツッコミが入る。
彼女の冷静な指摘に、私は頬を膨らませた。
「……テレシーは、私が王国からいなくなってもいいの?」
「……」
そう言われて、テレシーは押し黙る。
彼女の瞳が一瞬だけ揺れ動いた。
こういうことを言うと、途端に口数が減るのである。
ツンデレさんだ。
テレシーはおほんと咳払いをして仕切り直す。
「————仮に、5000万歩譲って、私が闘技大会に出るとしても」
「譲りすぎでしょ」
歩き過ぎて地球一周しちゃうわよ。
「今回の大会は2人1組で出るものと聞いております。だから私ともう1人出場者を用意しなければなりません」
「そっか……そうだよねぇ……」
私は再び肩を落とす。
太陽の光が私の金髪を照らし、一瞬だけ王冠のように輝いたが、それも私の落胆とともに色褪せたようだった。
勇者は戦士を2人、と指定してきた。
もしかしたらテレシーだけでも優勝できるのかもしれないが、それでは勇者の要求を満たせない。
結局、もう1人冒険者を集めなければならないのだ。
「もう〜〜どこかにいないの? 勇者パーティに入ってやるっていう気概を持った冒険者は!」
私は嘆きながら、テレシーと共に歩みを進める。
石畳の上で私の靴音とテレシーの靴音が交互に響き、私たちの焦燥感を強調しているようだった。
テレシーの悩みをまるで意にも介さないように、街は賑わう。
商人の呼び声、子供たちの笑い声、市場の活気が私たちを包み込む。
もう一回、組合でアタックしてみるかと、次なる目的地に向かおうとした時————
「————おいこらぁ」
少し遠くで、怒声が聞こえてきた。
低く唸るような、威圧的な声だった。
私達に向けられたものではない。
声の方向に視線を向けてみると、路地裏の奥の方で、冒険者らしき人物達が何人か集まっていた。
その集団の中心で、1人、誰かがうずくまっているようにも見えた。
地面に倒れた小さな影が、弱々しく震えているように見える。
その光景に、私は目を奪われ、歩みを止めさせられた。
「冒険者ですかね。何やら騒がしいですね」
テレシーも気づいたようだったが、その様子を見て顔をしかめる。
「どうせ先輩冒険者が、新人をいじめて楽しんでいるだけでしょう。よくある光景ですよ」
よくある光景。
先輩が後輩をいびる。
よくある光景?
「新人も自分に力があると思って努力しても、あんな風に先輩冒険者に絡まれて、挫折したりするんですよ。世知辛いですね」
自分の力を信じて努力した。
それが、ただの気まぐれで簡単に崩れ去る。
冒険者たちの笑い声が、路地裏に冷たく響く。
『不公平だろ』
————そうだ、不公平だ。
「さあマリナス様、あんなのほっといて————マリナス様?」
気づけば、私は冒険者達の方に足を進めていた。
ドレスの裾が石畳の上を滑るように流れる。
何か正義感があったかはわからない。
ただ単純に自分のことがうまくいかなくて、八つ当たりの先を見つけただけかもしれない。
ただ無性に、あいつらをぶっ飛ばしたいという欲求が膨れ上がるのだ。
殴り飛ばしたいと、頭の中で誰かが叫ぶのだ。
私の意思なのか、前世の記憶によるものなのか、それともまったく別の何かなのか————今の私には判別できない。
「————あんた達、その子を放しなさい」
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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