第67話 毒を盛られたなら、魔法を使えばいいじゃない
「マリーっ!!!」
僕は廊下を駆け抜け、マリーの部屋へと向かう。
石造りの冷たい壁に響く自分の足音さえも聞こえなくなるほど、必死になっていた。
扉の前に辿り着くと、そこには青ざめた顔の使用人たちが立ちはだかっており、僕の進路を阻むように腕を広げていた。
「入らないでください!」
「何があったんですか!?」
使用人の一人が震え声で、今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら告げる。
「マリナス様は……毒を盛られました……!」
血の気が引いていく。
まるで氷の矢が胸を貫いたような衝撃が僕を襲った。
どうして————そんなことになってしまっているんだ……!?
「ど、毒!? なんで————」
「分かりませんよ!」
奥の寝室からは、絶え間なくマリーの名を呼ぶ声が響き続けている。
侍女達の慌てふためく声————雰囲気はまるで重い鉛のように部屋全体を覆い、時間が経つにつれてその圧迫感はますます強くなっていた。
「だから————安全のため、外部の信用できない人間は入ることを禁じます!」
「そんな! 僕は————」
「その人は通して構いません」
その時、人垣の向こうからマリーの専属メイドであるテレシーの凛とした声が響いた。
テレシーの指示により、通せんぼをしていた使用人が身を引く。
僕のことを知ってくれている人がいてくれて助かった。
使用人をかき分けて、僕は部屋の中に入る。
そこには————天蓋付きのベッドに横たわるマリーの姿が目に飛び込んできた。
「マリー!? 僕だ! 返事をしてくれ!」
僕はマリーに声をかける。
だが、マリーからの反応はない。
普段の太陽のような明るさはどこにもなく、頬は蝋のように青白く、額には冷たい汗が浮かんでいる。
ただ苦悶の表情で、まるで悪夢にうなされているかのように硬く眼を瞑っていた。
その呼吸は浅く、胸の上下も微かで、まるで糸が切れそうな人形のようだった。
「呼吸がどんどん浅くなっています……」
テレシーが眉を寄せ、苦渋に満ちた表情で状況を伝える。
彼女の普段は冷静な声にも、今は隠しきれない動揺が滲んでいた。
「い、医者は!? 宮廷に医者はいないのですか!?」
「どういうわけでしょうね……王宮専属の医者は出払っているとのことで————」
「そんな……!?」
あまりにも都合が悪すぎる。
まるで計画的に仕組まれたかのように、全ての医師が不在だなんて————
僕は、しんどそうなマリーの顔に視線を戻す。
このまま弱っていく彼女を前にして、何もできないのか……?
僕の拳は無力感に震えていた。
「クロ!!」
後ろから力強い声がかかる。
振り返ると、レックスをはじめとする仲間たちが部屋に駆け込んできた。
彼らの表情は一様に険しく、事態の深刻さを理解していることが窺えた。
テレシーが無言で頷き、レックス達も中に入るよう促した。
「————医者は来ないんだな?」
「はい……」
レックスは鋭い目で使用人達を見渡し、一瞬で状況を察したようだった。
それが分かった瞬間、間髪入れずに彼女は声を張り上げた。
「ニカ!」
「————承知」
背丈の小さい双子の魔法使い————その片割れであるニカが前に出る。
普段と変わらない無表情だが、いつもより真剣な顔をしているような気がした。
そして、手に持った水晶の装飾が施された杖を高く掲げ、マリーの腹部に向けて構える。
ニカの杖から淡い緑色の光が放たれ、マリーの身体を包み込んだ。
光は彼女の体内を巡り、毒素を探し出すように脈動している。
魔法の力が毒を中和し、体外へと押し出そうとしているのだ。
高レベルの白魔法を扱えるニカにしかできない芸当であった。
部屋の中には緊張した静寂が流れ、誰もが固唾を飲んで見守っている。
部屋の明かりさえも、まるで息を潜めているかのように小さく揺れている。
頼む……
いつもの調子で、返事をしてくれよ……
張り詰めた空気が、永遠につづかのように思えた。
そして————
「————がはっ!!」
マリーが突然身体を起こし、黒い液体を勢いよく吐き出した。
その液体は床に落ちると、まるで生きているかのようにじゅうじゅうと音を立てて煙を上げている。
そして、消えかけていた彼女の呼吸が徐々に深く、規則的なものへと戻ってきた。
毒を吐き出し、ついに息を吹き返したのだ。
「よかった……!」
使用人たちが安堵の歓声を上げ、部屋の中に生気が戻ってきた。
テレシーも胸に手を当て、深く息を吐いている。
マリーの顔色が少しずつ血色を取り戻し、苦悶に歪んでいた表情が穏やかなものへと変わっていった。
ひとまず————危機は去った。
だが、どうしてこんなことに……?
疑問は謎を呼び、まるで暗い雲のような不穏な空気が、部屋の中に重くのしかかっていたような気がした。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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