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第65話 恋で悩んでいるなら、勇者に相談すればいいじゃない

「————いよいよ、次だな」


「……はい」



 宿で夕食を終えた後に、レックスが呟く。

 この時間は自由時間で、たまたまレックスと僕だけが、食卓に残っていた。


 グランドクエスト前の最後のダンジョン攻略を終えた日。

 達成感と共に、次の本番に向けての緊張感も増していく。


 これまで積み重ねてきた経験と努力、そのすべてが試される時が、ついに目前に迫っている。

 心身ともに念入りに準備を進めて、挑まなければならない。



「グランドクエストの攻略は、今までとは比べ物にならないほどの難易度だ……気合いを入れていかないとな」


「……うん」



 自分でも驚くほど気の抜けた返事が口から漏れていた。

 いつもなら真剣に耳を傾けるレックスの言葉に、今日の僕は上の空だった。


 流石のレックスも、眉間に皺を寄せる。



「どうしたんだクロ、なんだかぼーっとしていないか?」


「いや、その————すみません……」




 グランドクエストが重要だということは分かっている。


 だが、クロの頭の中は別の事でいっぱいだった。



 彼の脳裏を占領しているのは————言わずもがな、マリーのことだ。


 正直に言って日常生活に支障が出るくらい彼女のことを考えている。

 戦闘にはなんとか影響が出てないものの、それ以外の時間は心ここに在らずだった。


 一体なぜ、これほどまでに彼女を意識してしまうのだろうか。



「悩みがあるなら、相談した方がいい。グランドクエストに向けて懸念事項は無くしておきたい」



 レックスの瞳に宿る真剣な光が、僕の心を射抜いた。

 そんなこと言われても、マリーのせいで集中できませんだなんてどう言えばいいのだろうか。



 だが、尊敬するレックスの手前、誤魔化すことはできなかった。



「実は……マリーのことで————」


「マリーがどうしたんだ? 連携がうまくいってないとかか……?」


「いや、そうではなく……」



 もしかすると、ちゃんと相談すればいいアドバイスがもらえるかもしれない。

 レックスはかの有名な勇者であり、冒険者の頂点に座する人と言っても過言ではない人だ。


 こんなちっぽけな悩みなど簡単に解消してくれるかもしれない。


 グランドクエスト攻略で足を引っ張るわけにもいかないのだ。

 ここは、しっかり相談しておこう。



「マリーのことを見ていると、胸が苦しくなるんです」


「……ん?」



 マリーの姿をつい目で追ってしまうのです。

 マリーに少しでも長く、触れていたいと思ってしまうのです。


 マリーのことで頭がいっぱいになってしまうのです。



 僕は今抱えている問題を、全てレックスに吐き出した。


 さあどうだ。

 このモヤモヤとした気持ちを、レックスさんなら晴らしてくれるのでは————



 だが、期待していた反応とは程遠く、レックスは困惑した表情で首をこれでもかと傾げていた。



「えっと……それは体の調子が悪いのか? それともその……なんだ?」


「いやいや待って待ってレックス……その返答はないでしょ」



 突然響いた第三者の声に、僕達は振り返った。

 いつの間に現れたのか、レオナがそこに立っている。


 風呂に入った後なのか、パジャマ姿だった。


 そして、呆然としているレックスに向かって、決めポーズで指を突きつける。



「レックスの弱点その2! 恋の話題にはめっぽう弱い!!」



 レオナの高らかな宣言が、静寂に包まれていた宿の大広間に響き渡った。

 その言葉が僕の耳に届いた瞬間、心臓が激しく跳ね上がる。


 今、恋って言ったのか……?

 恋って————つまり僕の悩みが、恋によるものだっていうこと!?



「そんな……こ、恋だなんて……」


「だって好きなんでしょ?」


「えっと……」


「じゃあ嫌いなの?」


「そんなわけ絶対ないじゃないですか!!」


「じゃあ好きじゃん」



 とんでもない理論を組み立てて、レオナが責めてくる。


 そりゃあ好きか嫌いかで言ったらもちろん好きだけど……

 それがそのまま恋愛感情を意味するかは……



 顔がどんどん熱くなる。

 困り果てた末に、レックスへと助けを求める視線を送る。



「レオナ、クロが困ってるじゃないか。あまり自分の意見を押し付けるのは————」


「レックスは黙ってて!!」



 レオナの一喝を受けて、伝説の勇者は小さくしょんぼりと肩を落とした。


 うーん……なんとか話を逸らすには————



「す、好きとかは一旦置いといて、マリーにはグランドクエストの前に、これまでの感謝を伝えたいと思っています! ただ、どうこの気持ちを伝えればいいかと……」


「なるほど、告白の仕方に迷っているわけね」


「だから違いますって……!」



 そうだ。

 僕の気持ちは純粋な感謝の念なのだ。

 いつも僕と共に戦ってくれるマリーへの、心からの「ありがとう」を伝えたいだけ。


 決して、邪な感情があるわけではない……はずだ。



「うーん、まあ感謝を伝えるのであれば、何か贈り物をするのはどうだ?」


「お! たまにはレックスもいいこと言うじゃない。プレゼント渡す勢いで告白するとかね!」


「たまにはって……」



 レックスの口元が不満そうに歪んだ。


 告白は傍に置いとくとしても、贈り物というのはいいかもしれない。

 贈り物で感謝の気持ちを表現する————



「————そうだ!」



 贈り物といえば、そういえば————


 僕は何かを思いつき、椅子から立ち上がった。



「ぬおっ!? なんだ? 急に立ち上がって走り去っていったぞ?」


「恋の前では、誰しも盲目になるものなのよ〜〜」



 驚愕するレックスと目を細めるレオナを置いて、僕は自室に向かう。

 部屋に戻って、押し入れを開け、奥を探った。


 やがて手に触れたのは、小さな布袋に包まれた温かな感触だった。

 袋から転がり出たのは、美しい赤い輝きを放つ宝石。



 いつかマリーが僕にくれた、レッドアンバーだった。





 *





「マリナス様……」



 テレシーが暗い表情で、私に話しかける。


 いつもの凛とした表情とは打って変わって、彼女の顔には深い憂いの影が落ちていた。

 唇を固く結んだまま、まるで言葉を選ぶかのように躊躇している。



「またやられたわ……」



 私は疲れ切った様子で答えた。

 夕食の席で起きた出来事を思い返すと、胃の奥が重苦しくなる。

 今日も例の令嬢達の陰湿な嫌がらせが始まったのだ。


 夕食に虫を入れられたのである。

 美しい磁器の皿に盛られた料理の中に、黒々とした甲虫が紛れ込んでいた。


 食堂に響く貴族令嬢たちの上品な笑い声の裏で、彼女たちの冷たい視線が私を射抜いていたのを、私は決して忘れることはないだろう。

 よくもまあそんなことができたものだ。



「そうかもしれないと思いまして……使用人の方でお夜食を用意してあります」


「それも、あなた達の分でしょ。私に構わず、自分達で食べなさい」


「……」



 図星だったのだろうか、テレシーは押し黙る。


 部屋に対して配給される食事の量は決まっているものだ。

 使用人達の食事まで奪うわけにはいかない。



 窓の外では夜風が木々を揺らし、その音が静寂を破っている。

 燭台の炎が揺らめき、部屋の影がゆらゆらと踊っているのが、まるで私たちの心の動揺を映しているかのようだった。



「マリナス様、これ以上は————」


「ダメ」



 私は彼女の言葉を遮った。

 声に強い意志を込めて。



「絶対にクロ達には教えないでね」



 クロ————そして勇者達は、今が一番大事な時だ。

 グランドクエストへの道が開かれ、それに向けて念入りに準備を進めている。


 私の個人的な問題で、皆に迷惑をかけるわけにはいかない。



 私が耐えるだけでいいんだ。

 グランドクエストまで、私が耐えれば————それで————


読んでくださりありがとうございます。



主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。

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