第64話 冒険を続けたいなら、この時間が永遠に続けばいいのに
最近————マリーの様子が変わった気がする。
「でやあああああああっ!!!」
裂帛の気合とともに、マリーはモンスターを一刀のもとに叩き斬った。
刃が閃いたと思った瞬間、分厚い鱗をまとった魔物の身体に深々と食い込み、鈍い金属音が洞窟内に響く。
巨体が膝をつき、地面を震わせながらそのまま倒れ伏した。
「ナイスだ、マリー! クロ!」
「「はい!」」
僕は即座に次の立ち位置に移動する。
マリーもすぐさま滑るように駆け出していた。
彼女の足取りは以前とは見違えるほど軽やかで、まるで風そのもののように障害物を縫って進んでいく。
アグレッシブで、鋭く、思い切りのいい動き。
まるで内側に秘めた炎が、一気に燃え上がったかのように前のめりで、ついていくのがやっとだった。
僕が主導して、マリーを引っ張っていくつもりが、今は逆。
彼女は今、目の前の戦いにすべてを賭けている。
感覚を研ぎ澄まし、まるで他のすべてを置き去りにして、目の前の冒険に尽力を注いでいる。
何かを振り切るように————
冒険者としての自分が、本物の自分なんだと、誰かに叫んでいるみたいだった。
そんな気迫が————マリーの姿が、なんだか目に焼きつくのだ。
でも、僕だったら合わせられる
僕は彼女の動きに合わせ、足りないところを補い、攻撃の隙を守り、フォローのタイミングを逃さずに支える。
彼女が振り向かなくても、背中で感じ取ってもらえるように。
前へ懸命に突き進もうとするその華奢な背中に、僕のすべての意識が引き寄せられていった。
戦闘後、ダンジョン内で小休憩の時間に入った。
「……お疲れ、マリー。調子いいみたいですね」
「え? うん……」
マリーは少しだけ笑って、それから視線を逸らす。
「私が……頑張らないと、いけないから……」
その言葉は、ぽつりと落ちた。
何かに追い立てられているような響きだったが、僕は気に留めなかった。
「あの、マリ————」
言いかけた言葉を、僕は飲み込む。
喉の奥で言葉が詰まり、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
マリーの顔が、あまりにも真剣だったから。
その真っ直ぐな表情で、彼女はダンジョンの奥を見つめていた。
薄暗い空間の奥、松明の光も届かない闇の向こう。
そこにはまだ見ぬ強敵が、そして未知の試練が待っている。
「一刻も早く、何が何でも————グランドクエスト、クリアしようね」
「うん……」
返事はした。
でも、マリーはこちらを見てはくれなかった。
マリーは、本気だ。
誰よりも冒険者に向き合っている。
元々は一国の王女で、戦いとは縁遠い宮廷生活を送っていたはずなのに、こんなにも真剣に、こんなにも献身的に取り組めるのは、本当にすごい事だ。
グランドクエストをクリアするために————僕達の力になるために、自分にできることを精一杯やっている。
だからこそ————間違っているのは僕だ。
この時間が、永遠に続いて欲しいと思っている僕は。
必死に頑張るマリーの姿を、隣でずっと見ていたいと思う僕は。
彼女と共に歩むこの日々が、終わることなく続けばいいのにと願ってしまっている————
いつのまにか、グランドクエストを攻略し、勇者の力になりたいという目標とは、別の感情が芽生えているのだ。
だからこそ、僕は何も言えなかった。
この想いを口にしてしまえば、全てが変わってしまうような気がして。
*
それからというもの、僕はいつもマリーの背中ばかりを見ていた。
彼女の動き、歩くときの軽やかなリズム、風になびく髪の毛の一筋一筋まで、全てが目に焼き付いている。
勇者一行は着実にダンジョンを攻略していった。
北の氷洞窟では吐く息が白く凍り、東の溶岩地帯では灼熱の風が肌を焦がした。
南の密林遺跡は湿気と毒虫に悩まされ、そして西の空中神殿では雲の上の絶景に息を呑んだ。
冒険の最中に、見たこともない景色もあり、人との出会いもあり、様々な経験があった。
勇者達と皆で協力してボスを倒し、ダンジョンを攻略した後は、皆で料理を作って楽しく食べた。
様々なものを一緒に見て、感動して————
苦悩して、それでも力を合わせて頑張って————
それぞれのダンジョンの最奥で、試練を越え、「鍵」を手に入れていく。
そのひとつひとつに、僕達は真剣に挑んでいった。
そして、ついに————
四つの鍵が揃い、グランドクエストの封印が解かれたのだった。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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