第61話 調味料がないなら、出汁を取ればいいじゃない
料理を作り直す。
皆が再び新鮮な食材を調達してくれたおかげで、今度こそまともなスープを作ることができそうだった。
調理場に戻った私達を、他のメンバーたちは期待と不安の入り混じった複雑な表情で見守っている。
「料理は科学なんです。感覚で作るものではなく、ちゃんとした理論に基づいて行うことで、美味しいものが作れます」
「そうなのか……」
彼女の料理に対する根本的な考え方を変える必要がある。
料理は科学実験の延長であり、論理的なアプローチをするものなのだ。
「すなわち、モンスターは才能で簡単に斬れるかもしれませんが、料理は食材を切れるだけじゃできないってことですね!」
「うっ……」
少しショックを受けた表情をしていたちょっとおもしろい。
というか、さっきに関しては食材すら碌に切ってなかったんだけども。
まあ、なので————まずは食材を適切に切るところから始めよう。
「じゃあ、魚を切ってみましょう。まな板に置いてください」
「おう」
レックスは意気込んで魚を手に取った。
その真剣な眼差しは、まるで新たな武器の扱いを学ぶ時のようだ。
「腹を切って、内臓を取り出しましょう。この部分が料理に入るととてつもなく不味くなるので」
「そ、そうだったのか……!?」
レックスは目を丸くしている。
先ほどは魚を丸ごと煮込んでいて、それでは不味くなるのも当然だ。
いちいち反応が新鮮だなあ。
教え甲斐がある。
私は一つ一つの工程を丁寧に説明しながら、実際にやって見せた。
「それから、頭を落として、鱗を取って————」
「……マリーは王女なのに、どうしてこんなことを知っているんだ?」
「え!? えっと……王宮の給仕の人に聞いたことがあって……」
前世で自分で覚えたなんて口が裂けても言えない。
「————身は後でスープに入れるとして、残った骨や殻をカラカラになるまで焼いた後、それを煮て出汁を取ってみましょう」
「そ、そんなことをするのか……!?」
レックスの驚きようはまるで魔法を見せられた子供のようだった。
魚のアラを使って出汁を取るテクニックを知った時は、私も同じくらい驚いたものだ。
お母さんの台所の知識には、目を見張るものがある。
「目から鱗が出るようだ……魚だけに————」
うん、これはスルーでいこう。
私達は、そのままスープ作りを進めていった。
隣で私の見よう見まねで手を動かしているレックスの瞳は、ずっと好奇心で輝いていた。
料理を楽しそうにしてくれている彼女を見て、私も嬉しくなる。
まるで、やること全てが冒険って感じだ。
そんな彼女が、少し羨ましくも思えた。
「ねえ、レックスさん……」
「ん、なんだ? 何か手順を間違えたか?」
「いや、全然関係ない話なんですけど————」
関係ない話。
いや————これは例え話。
肉体的にも精神的にも強い彼女に、私は聞いてみたくなった。
「何か目標があって、それに向かって頑張っているとして————それが誰にも望まれていなかったら、レックスさんはそれを諦めますか?」
だが、聞いておいてなんだか的外れな質問をしているような気がした。
勇者レックスはきっと誰かに流されるような人間じゃない
「————望んでないと言う、人による、だろうな」
予想外の答えだった。
私はてっきり「諦めない」と即答すると思っていた。
「例えば————大切な仲間に止められたなら、私はそれを諦めるかもしれない。私の信じる仲間の言うことなのだから、きっと私の方が間違っていると考えるからな」
魚の下処理を続けながら、レックスはそう口にする。
「結局のところ、何を大切にするかだ。目的の達成を大事にするのか、誰かのためになりたいのか」
深い思慮と仲間への信頼が込められた言葉。
私の中にある勇者像とは、やはり少し違うものだった。
やはり、この人は想像以上に周りのことを考えている。
考えた上で、優先順位をはっきりさせている。
私とは違って————
「どうした? なにかあったのか?」
「いえ、ただの例え話ですよ。レックスさんの人となりが少し分かった気がします」
「そうか……試されたのは私の方だったな」
そう言ってレックスは柔らかく微笑んだ。
その笑顔を見て、私も自然と笑みがこぼれる。
二人の間に流れる空気が、以前よりもずっと温かく感じられた。
やがて完成した二人で作ったスープは、仲間たちから大絶賛を受けた。
レックスの表情は達成感と満足感で輝いており、私もその笑顔を見ているだけで幸せな気持ちになった。
少しは、レックスと親しくなれただろうか。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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