第59話 距離を縮めたいなら、料理すればいいじゃない
ボスを倒し、勇者達は休憩に入る。
薄暗いダンジョンの奥深くにはいくつかセーフゾーンが点在していた。
石造りの壁に刻まれた古代の魔法陣が淡い青白い光を放ち、その神秘的な輝きがモンスターたちを寄せ付けない結界を形成している。
ここは冒険者たちにとって唯一安息を得られる聖域であり、命を削りながら迷宮を進む者たちの貴重な休息地だった。
「————全く、根を詰めすぎよ……」
私の肩に重みを感じて振り返ると、クロが私の肩を枕代わりにして、穏やかな寝息を立てていた。
勇者の一員として、初めてのダンジョン攻略。
仲間たちの足を引っ張らないよう、自分達には一体何ができるのかと、答えを探し続けていた。
そして、先ほどの戦いで、自分達の立ち回りのヒントを見つけることができた。
その安堵感が、クロの心を深い眠りへと誘っているのかもしれない。
「クロは寝てしまったのか?」
低く落ち着いた声が響いた。
振り向くと、レックスがこちらに歩いてくる。
冒険者というより騎士然とした立ち振る舞い。
背筋をピンと伸ばしたその姿は、気品と威厳を漂わせている。
クールビューティという言葉が似合う人だった。
「すみません。ダンジョンの中で寝ちゃうのって、良くないですよね?」
「いや、セーフゾーンで睡眠を取ることで、しっかり体力を回復させるのは悪くない行動だ。マリーも一眠りしてもいいぞ」
「いえ……私は大丈夫です」
会話が途切れ、微妙な沈黙が流れた。
空気が重く感じられて、私は居心地の悪さを覚える。
そういえば、面と向かってレックスと会話するのは初めてかもしれない。
勇者一行の他のメンバーとは少しずつ打ち解けてきた。
ラウムとレオナは気さくで話しやすく、いろいろと相談に乗ってくれる間柄になった。
ニカとチカは不思議な雰囲気だが、あれでいて結構ユーモアがあって話をしていて面白い。
武者丸は————あの人は一匹狼が好きみたいだし、一旦置いといて。
肝心のレックスとは、まだちゃんと喋ってことがない。
そもそもの冒険者になった目的として、勇者レックスに取り入るというのが目標だったのだが、それ以前にほとんど交流がなかった。
何を話せばいいのだろう。
レオナ曰く、レックスはおしゃべりだというが、とてもじゃないがそんなようには見えない。
な、何か話題を————
「あ、あの〜〜……今日はいい天気ですねぇ……」
シーン……
会話終了。
渾身の天気デッキが不発に終わる。
そもそも地下深くのダンジョンに潜っているのに、いい天気も何もないだろ。
普通に恥ずかしくて帰りたい。
「マリー、ちょっといいか?」
「え? あ、はい」
今度はレックスの方から話しかけてくれた。
気を遣って喋ってくれたのだろうか。
「その……少し頼みづらいことなんだが」
いつもは堂々としているレックスが、珍しく言葉を選んでいるようだった。
何か重要な話なのだろうか。
私の心臓が早鐘を打ち始める。
「なんでも言ってください! 私にできることならなんでもやりますよ」
マリーは胸を張り、全身で意気込みを表現しながらレックスを見つめた。
もしかしたらチャンスだ。
レックスの役に立てれば、距離も縮まること間違いなし。
「実は……もし、嫌じゃなければなんだが————」
こくこくと頷いて、私は耳を傾ける。
すると、彼女が口にしたのは————
「————私に、お味噌汁を作ってくれないか!?」
プロポーズ……?
なわけないよな。
いきなり味噌汁って、なに?
レックスの頬にほんのりと赤みが差し、普段の凛とした表情とは違う、どこか恥ずかしそうな表情を見せていた。
こんな彼女を見るのは初めてで、私の思考がバグる。
「実はマリー————が好きで……」
「いやほんとに告られてる!?」
「あ、違う違う! マリーの作るご飯が好きなんだ」
レックスは慌てたように手を振りながら、顔を真っ赤にして訂正した。
なるほど。
だから味噌汁なのか。
「————でしたら、今日のためにお弁当を作っていますよ」
「それなんだが、私がさっき全部食べてしまったのだ」
「……食いしん坊すぎない?」
普通に人数分作ったんだけど。
え、じゃあ皆の分のご飯がないのでは?
「ああ、ダンジョン内で食材を調達して腹ごしらえをするのは、冒険者なら良くあることだ。だから、ここの食材を使って、昼食を作ってくれないか?」
セーフゾーンなら、食べれる野草や果実、川には普通の魚も泳いでいる。
食材の心配はないみたいだ。
だとすれば、昼食作りは私の仕事だろう。
であれば————これはもしかして、レックスと距離を縮めるチャンスなのでは?
私は思い切って、レックスに提案してみた。
「————よかったら、一緒に作ってみませんか?」
「え?」
レックスは突然の申し出に目を丸くする。
もしかすると————冒険者が料理だなんてやるものではない————みたいな理論で拒否されるかもしれないと不安になる。
しかし、せっかくの機会を逃したくない一心で、言葉を続けた。
「ほら! 自分で作れた方が、好きな時に美味しい料理を食べれていいじゃないですか!」
「確かに……」
レックスは顎に手を当てて、私の提案を検討してくれている様子だった。
しばらくの沈黙の後、彼女はゆっくりと頷く。
「そうだな。たまには、私が皆の分の食事を用意するのもいいじゃないか」
そうと決まれば、まずは食材だ————
レックスはセーフゾーンの奥へと張り切って歩いて行った。
その時のレックスの表情は、まるで新しい冒険に挑む時のような決意に満ちていた。
その後ろ姿は、普段の冷静沈着な彼女とは違う、どこか子供っぽい無邪気さを感じさせる。
「扉は————開かれた————」
「地獄へと————続く道————」
「うわあ! びっくりしたぁ」
突然背後から聞こえた双子の声に、私は心臓が止まりそうになった。
振り返ると、ニカとチカがいつもの無表情でこちらを見つめている。
しかし、よく見ると二人の顔色がいつもより青白く見えるような気がした。
「やっちゃったね……マリー」
「ど、どういうことですか? レオナさん」
ニカチカと同じく後ろからひょこっと顔を出したのがレオナ。
その表情は普段の明るさとは打って変わって、神妙な面持ちであった。
「レックスは最強の冒険者なんだけど、唯一苦手なことがあるの」
重々しい口調で唸るように話すレオナ。
まさか。
最強の冒険者であるレックスの苦手なこと、それは————
「それが————料理。あの人にナイフ握らせたら、やばいよ?」
————もしかして、私はとんでもないことをやらかしてしまったのではないのか。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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