第54話 休日なら、母親に会えばいいじゃない
マリーに連れてこられたのは、王宮から少し離れた閑静な場所だった。
石造りの優雅な建物の前庭には、白い大理石で造られた噴水が涼やかな音を立てながら水を踊らせている。
都の喧騒から離れたこの場所は、鳥のさえずりと風に揺れる木々の葉音だけが響く、心が洗われるような静寂に包まれていた。
「ここは王家が持っている別邸。たまに顔を出すんだよね」
最近はまあ忙しくていけてなかったけどね。
マリーはあははとそう付け加える。
最近は冒険者の鍛錬続きで、ずっと拘束してしまっていたからだろう。
「ここにはね。お母様がいらっしゃるの」
「お母様?」
「そう、あ————『お母さん』じゃなくて、お母様ね」
つまりは、この国の王妃。
この世界のれっきとしたマリーの母親だ。
確か、唯一の王女を産んでからは、全く表舞台に出てこない存在だと聞いている。
「お母様は病気がちでここで療養しているの。だからあまり王宮には来られなくてね。だから私が通っているの」
こんなに頻繁にくるのは、私くらいだけどね————
マリーの表情が、ほんの少しだけ翳りを見せ、寂しそうに笑う。
いつもの明るい笑顔の奥に、家族への深い愛情と、同時に抱えている心配が垣間見えた。
話しながら石畳の小径を歩いている間に、蔦の絡まる重厚な扉を持つ豪邸の入り口に辿り着く。
マリーについて中に足を踏み入れると、高い天井と磨き上げられた床が織り成す優雅な空間が広がっていた。
そこで僕たちを迎えてくれたのは、マリーの母親————クセル王妃だった。
美しい女性だった。
年齢を重ねても色褪せることのない気品と、まるで薄絹のような繊細さを併せ持つ、儚くて優しい雰囲気がある。
病気がちと聞いていたが、その弱々しさすら気高さに変えてしまうような、不思議な魅力を持っている気がした。
「よく来ましたね、マリナス」
「お母様!」
マリーは迷いなく駆け寄って、王妃クセルの背中をそっと支える。
そして支えたまま、近くに置かれた椅子の方にゆっくりと移動した。
「お、お嬢様……! それは私たちがやりますよ」
「いいのよ、私がやりたいんだから」
慣れた動きで、母親に負担をかけないようにゆっくりと座らせる。
これもどこかで勉強したのだろうか。
以前、医者を目指していたことがあったと聞いたが、なんとなく理由がわかった気もする。
きっと、この人のために覚えたのだろう。
「いつもありがとうねマリナス」
「お母様。体調はいかがですか?」
「今日はいつもより気分がいいわよ。あなたが来てくれたからね」
その言葉に、マリーはえへへ〜と嬉しそうに笑う。
屈託のない純粋な笑顔だった。
そのとき、クセル王妃と目が合った。
優しく澄んだ瞳が、僕を静かに見つめている。
「そっちの君は……?」
王妃の問いかけに、僕は変に緊張してしまって、一瞬声が出なかった。
こんなにも高貴な方と話すのは初めてだったから。
————マリーが高貴じゃないと言いたいわけではない。
「あ、冒険者のバディのクロ! 私の大切な冒険者仲間だよ!」
「ど、どうも……クロって言います」
「なにもじもじしてんのよ。気持ち悪い」
「気持ち悪いってなんですか! ひどいですよ〜!」
王妃様の前でなんてこと言うんだ。
だから、マリーは王族っぽくないんだよ。
マリーといつものように問答していると、クセルに優しい目で見つめられる。
「なるほど……マリナスが最近来なかったのは、あなたのおかげね」
クセル王妃は納得したように頷いた。
彼女は、再びマリーの方へと視線を戻す。
「マリーは最近楽しい?」
「うん! 楽しいよ!」
「そう、それは良いことね」
クセルは花のような笑みを浮かべる。
「お母様、この最近、私とても頑張っていて————」
マリーは楽しそうに母親に話を始めた。
冒険者として活動していること、厳しい訓練をして勇者に認められたこと、これまで経験したさまざまなことだ。
その時の表情は、僕が見たことがないほどの明るい笑顔だった。
いや、素の笑顔というべきだろうか。
普段の快活さとは異なる、家族の前だけで見せる自然な表情だった。
マリーの話に、クセル王妃は時折相槌を打ちながら、優しく耳を傾けている。
それを僕は、特に口を出すわけでもなく、ただ静かに見守っていた。
この優しい空間の中で、穏やかに時間が流れていく。
母と娘の温かな時間に、僕もまた包まれているような、不思議な安らぎを感じていた。
陽光が窓から差し込み、部屋全体を柔らかな光で満たしていた。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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