第39話 一人でダメなら、二人で一から頑張ればいいじゃない
微睡の中で目が覚める。
薄ぼんやりとした意識の底から、ゆっくりと現実へと引き上げられていくと————目の前にはクロの顔があった。
傷だらけで、唇の端には乾いた血の跡が残っているが、ちゃんと生きている。
「————マリーですね?」
いつもの声音を聞いて、ホッとする自分がいた。
周りには、気絶した冒険者達が転がっている。
何が起こったのか。
記憶はないに等しいほど曖昧だが、なんとなく覚えている。
きっと私の中の何かが、これをやったのだろう。
「……痛いでしょう。その腕、敵の攻撃を防御しても無傷とはいかないんです」
クロの指先が私の左腕を示す。そこには青黒い痣がいくつも浮かび上がっていた。
皮膚の下で脈打つように、ジンジンと痛む。
「こんなの……どうでもいいわよ」
「どうでも良くありません!」
クロは真剣な表情で語気を強める。
普段の温厚な彼からは想像もできないほど、強い語調だった。
「どうして一人で勝手なことしたんですか!? こんなところまでタチの悪い冒険者についてきて……危険だとは思わなかったんですか!?」
クロは感情をあらわにし、私を問い詰める。
咄嗟に弁明しようと、私はしどろもどろに言葉を紡いだ。
「だ、だって……あのままじゃ私達、何にもならないじゃない! こうでもしないと……あ、あんただって————」
「うるさい!」
今まで聞いたことのないほど大きなクロの叫びが廃屋に響き、私の喉がキュッと詰まる。
こんなに感情的なクロを見るのは初めてだった。
「あなたが————傷つくところを見るのは、嫌なんですよ……」
そんなに————
そんなに私を、心配してくれていたなんて……
私、どうかしてた。
勇者のスキャンダルとか言って舞い上がって。
ノコノコとこんなところにまで来て。
私は王女だから、何も危険なことなんてないとすら思っていた。
でも、結局は襲われそうになって————
情けなくて、卑しい
ずっと王宮にいて、権力争いに身を投じすぎて、普通の考え方ができなくなってしまったのだろうか。
まるで、前世の父親みたいに。
誰かを利用して、利益を得ようとするような、自分勝手な————
「……ごめん」
謝罪の言葉は自然と出た。
だが、顔が上げられない
クロの顔が見れない。
いつからだろう。
こんなにクロに嫌われるのが嫌だって思ったのが。
嫌……だよね。
憧れの人の弱みに漬け込もうとして……こんな女————
でも、クロは助けに来てくれた。
私のやろうとしていたことは責めず、ただただ心配してくれる。
なんで……?
「どうして、そんなに私を助けてくれるの……?」
こんな最低なことをしたのに。
どうして切り捨てずに、責めもせずに、寄り添ってくれようとしてくれるの?
クロは真面目な表情でそれに答える。
「約束したからですよ。あなたを守ると」
僕はまだあの時の約束を、忘れてない————
クロはボロボロになった私の手を両手で包み込むように握る。
「僕にあなたを守らせてください。一人で背負い込まないで、僕も頑張らせてくださいよ」
クロの浮かべた笑顔が、ずっと緊張していた私の両手を溶かすかのようだった。
こんなにも真正面に私と向き合ってくれる人がいただろうか。
この世界に来て初めて、誰かの優しさに触れた気分だった。
泣きそうだ。
感情が堰を切って溢れ出しそうになった。
「ちょっと……後ろ向いてよ」
私はうつむき加減で、クロにそうお願いする。
クロは少しだけ不思議そうな顔をしたが、黙って後ろに振り返った。
そして————私はクロの背中に身を委ねる。
「ちょ、ちょっとマリーさん!?」
「こっち見ないで————顔、見られたくないから」
クロのお腹に両手を回し、ぎゅっと抱き寄せる。
クロの匂い、クロの温もり————
あらゆるものを感じる。
それだけで、安心する。
安心して————私の口は勝手に語り出した。
「これは過去の話————いや、ただの夢の話ね。私の話、聞いてくれる?」
特にクロからの返事はない。
私はそのまま、話し始めた。
「家は貧乏だったけど、お母さんは誰よりも頑張って私を育ててくれたの。嫌な顔ひとせずにね。そんなお母さんが、私は大好きだった」
大好きなお母さん。
大好きな場所。
今でもあの時の温もりを覚えている。
「でもね、私のせいで————私が現実から目を背け続けたせいで、大好きなお母さんはいなくなってしまったの————大好きなお母さんの頑張りは、全部無くなってしまったの……」
誰よりも頑張っていた。
仕事もいっぱい増やして、家事もこなして、それでも私には苦労している素振りを見せない。
お母さんの努力は、お母さんの夢は、あっけなく崩れ落ちてしまった。
私が、頑張らなかったせいで。
身の回りのことをこんなものだと見切り、何もしなかったせいで————
「さっきね、それを思い出した」
思い出して、怖くなった。
記憶がフラッシュバックして、今の状況と重なったのだ。
私が何もしないで————
ただ逃げ出して————
「私のせいで、クロの夢が無くなってしまうのは————なんか、嫌だなって……」
ただ切実に、そう思ったんだ。
クロの背中を抱きしめる手に、力が入る。
全ての思いを吐き出しきり、辺りは再び静寂に包まれた。
「無くなったりしませんよ」
クロが振り返り、穏やかな微笑みを浮かべながら口を開いた。
私の腕をそっと解き、正面から向き合う形になる。
「僕の今の目標は、マリーと一緒に勇者の仲間になることです」
真っ直ぐな瞳で私を見つめ、迷いのない声でそう宣言する。
「なんで私なんかと……?」
「マリーじゃなきゃ、駄目なんですよ。それ以外に、価値なんてないです」
クロは強い意志で私と共に努力すると言ってくれている。
迷いはある。
弱い私には、何もできないんじゃないかとか。
才能がないなら、やる意味がないんじゃないのかとか。
でも————これ以上、後悔したくない。
「うん……」
私は頷く。
私にできることはあるだろうか
私にも頑張れるだろうか。
————まずは、そこから探してみよう。
「私、頑張ってみるよ。クロと一緒に」
一歩ずつ、確実に。一つずつ。
一つひとつ積み重ねていこう。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
もしよければ↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
ブックマークもお願いします!
あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!
よろしくお願いします!




