第38話 フィジカルも特別な力もないなら、駆け引きで勝負すればいいじゃない
「————ふん……いいぜ。てめえの身勝手な戦い方を少し矯正してやる」
マリーは足をどかしてくれた。
僕の願いが届いたのだろうか。
この人は僕に戦い方を教えてくれるみたいだった。
————て、 今教えてくれるの?
めっちゃ後ろに敵いますけど……?
クロは慌てて周囲を見回すと、周りの冒険者達は既に臨戦態勢を整えていた。
「戦いってのはターン制だ。相手の攻撃を受け、カウンターする————てめえのやろうとしていたずっと俺のターンっていう戦い方は実力差がないと成り立たん」
「う、後ろ! 危ない!」
こっちの都合などお構いなしに、冒険者が武器を構えて突っ込んでくる。
完全なる死角からの攻撃だ————
だが、マリーは振り返ることもなく、まるで背中に目でもあるかのように、後ろからの奇襲を難なく止めてしまった。
「な、なにぃ!?」
攻撃を放った冒険者が、あんぐりと口を開ける。
「まず相手の攻撃を防御した後を見極めろ。例えば、この大振りの攻撃は隙が大きいから反撃が当たる。さしづめ、この攻撃はガードさせてマイナス9ってところだ」
ま、まいなす……?
意味の分からないことを言いながら、鋭い後ろ蹴りを冒険者の腹部に叩き込んだ。
その蹴りは正確無比で、相手の急所を的確に捉えていた。
「がはあっ!」
冒険者は後ろに吹き飛んでいき、動かなくなった。
「落ち着け! 相手は手練れだ! 見た目に惑わされるんじゃねえ!」
フォックスの指示が飛び、冒険者達は警戒度をMAXにした。
先ほどまでの余裕は完全に消え失せ、慎重に、ジリジリとマリーに近づいていく。
「隙の大きい攻撃に反撃をすれば、相手側はどうするか————隙の小さい攻撃をして、反撃を喰らわないようにし始める」
冒険者の一人が、装備したナイフで細かい斬撃を繰り出した。
素早く、連続的な攻撃で反撃の隙を与えない戦術。
マリーは適切に距離をとって、ナイフ攻撃を交わしていくが、これだけ振り回されれば反撃の隙がない。
一方的な展開のように見える。
じゃあどうすればいいか————
マリーはその時————相手の冒険者がナイフ攻撃を繰り出そうと手を伸ばしたところを、狩り取った。
「いって————ぐおあっ!!」
見せた隙を見逃さず、重い一撃を顔面にお見舞いする。
「相手が攻撃してくるところを先読みして、攻撃を放つ————これが『差し返し』っていうテクニックだ」
マリーはそう説明しながらも、次々と襲ってくる冒険者達をいなし、的確に攻撃をくわえていった。
どれだけ冒険者達が襲い掛かろうと、常に一対一を作る。
そして、細かい隙を見逃さず、敵を倒していった。
「————つ、強すぎる……!」
その姿はまさに一騎当千。
一人で大勢を相手にしても、破れることのない強さをその身に纏っていた。
だが勇者の戦いと違うところがある。
それは、一つ一つの動きは説明されれば全て理にかなっているものだということだ。
実力がはるかに劣っていると思っていた僕でも、マリーの動きは理解できるものだった。
その強さは、フィジカルによるものでも、特別な技術や力によるものでもない。
理論に基づき、戦いの中で繰り広げられる読み合いの先にある————揺るがない強さ。
まるで歴戦の老兵の戦いを見ているかのようだった。
こんな強さがあったなんて————
僕はマリーのその戦いに、完全に見惚れてしまっていた。
「調子に乗るなぁ!!」
すると、フォックスが痺れを切らし、前に出てきた。
類稀な剛腕による攻撃は凄まじく、防御しても反動でマリーの体がよろけ、反撃が入れられない。
しかし、マリーは慌てることなく、ここぞというタイミングで防御するのをやめ、軽やかに後ろにステップし、攻撃を回避した。
その動きには一切の無駄がなく、まるで風のように自然だった。
「————隙ありだ」
マリーの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。
そして流れるような動作で、フォックスの顔面に回し蹴りを繰り出した。
「ぐわあああああっ!!」
マリーのヒールがフォックスの顔に突き刺さる。
鋭い踵が正確に急所を捉え、衝撃で後ろに吹き飛ばした。
フォックスは痛みにしばらくもがいていたが、やがて白目を剥いて意識を失った。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、静かになった。
「確かに力、反射神経————天性のものがあれば戦いは有利に進められる。だが、最も重要なのは、駆け引きだ」
マリーは、冒険者達の屍をの上でそう結論づける。
その立ち姿に、僕は圧倒された。
「すごい……すごい、です……これが、本当の戦い……」
声が震える。
今まで自分が戦いだと思っていたものが、いかに浅薄で未熟だったかを思い知らされた。
彼が最初に言っていた言葉通りだ。
『自分の都合が全て通ると思ってんじゃねえぞ』
僕に足りないものが、全てそこに詰め込まれていた。
戦いとは相手があってこそ成立するもの。
一人よがりでは決して勝利は掴めない。
「も、もっと教えてください! あなたの戦いの強さを!」
僕の心は高鳴っていた。
もっと学びたい。
もっと、この人の技を自分のものにしたい————
そうすれば、自分の理想の冒険者像に近づけるはずなんだ。
だが、そこでマリーの体がふらっとよろける。
「マリー!?」
先ほどまでの威厳ある立ち姿が崩れ、まるで糸が切れた人形のように力なく揺れた。
僕は慌てて駆け寄り、彼女の体を受け止めた。
「おっと……時間みたいだ————あとは頼むぜ、少年————」
そう言って、その人は静かに意識を失った。
クロの腕の中で、彼女の体は羽根のように軽く感じられた。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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