第37話 何が足りないのか分からないなら、教わればいいじゃない
鈍い衝撃音と共に、クロの身体が宙を舞った。
廃屋の埃まみれの床に叩きつけられ、痛みで呻き声を上げながら転がる。
口の端から血の味が滲み、視界がぼやけた。
「またお前かよ」
フォックス達は吐き捨てるようにそう言う。
そして、クロがうずくまる周りを冒険者達が囲み始めた。
薄暗い廃屋の中で、彼らの瞳は捕食者のように不気味にギラギラと輝いていた。
「お前みたいな才能もない奴が、舐めんじゃねえぞ?」
冒険者達の間で嘲笑が起こる。
その笑い声は廃屋の壁に反響し、クロの心を容赦なく刺した。
そんなことない。
僕は全力でそれを否定したかった。
でもどうだ?
啖呵切ってマリーを逃したわりに、何もできていない。
結局、自分は何一つ変わっていないのだ。
こんなんじゃダメだ。いつまで経っても、あの勇者に追いつけない。
憧れの背中は遠すぎて、手を伸ばしても届かない。
もっとイメージするんだ。
頭からつま先まで、全てを————
「うおおおおおおおおおっ!!」
「————そんなに自分勝手に技を振ってたって、勝てるわけないだろ」
突如、誰かに肩を掴まれる。
そして、驚く間もなく後方に飛ばされた。
「うわああっ! な、なに……!?」
クロは慌てて顔を上げる。
突然現れたその人物を見上げると————
そこにいたのはマリー。
————ではないようだった。
「よう少年、また会ったな」
「あ、あなたは……!?」
この雰囲気。
この眼光。
空気そのものが変わったような、圧倒的な存在感。
強者の風格————
間違いない。
マリーの別人格が、覚醒していた。
「これはこれは王女様、何のこのこと戻って————いや、ちげえな」
フォックスが皮肉めいた声を上げかけたが、途中で言葉を飲み込んだ。
マリーの異変に気づき、冒険者達も警戒度を上げる。
先ほどまでの余裕は消え失せ、彼らの表情に緊張が走った。
「ど、どうして戻ってきたんですか!?」
「てめえを助けにきたんだ。頼まれてな」
長い髪をたなびかせながら、鋭い目つきで正面を見るマリー。
頼まれてって————
もしかしてマリーに……?
「ぼ、僕も戦います!」
いてもたってもいられなくなり、僕も何とか立ちあがろうとする。
しかし、彼女?の鋭い目がこちらに向き、僕の動きを止めた。
「駄目だ。てめえの戦い方じゃあ足手纏いになるだけだからな」
「あ、あなたに助けられるだけじゃ、僕の気が済みません! 僕も————」
「ダメだっつってんだろ」
食い下がろうと、体を起こそうとしたところを、足で押さえつけられる。
ヒールの踵が胸に食い込んだ。
痛みよりも、その圧倒的な力の差に愕然とする。
その立ち振る舞いは、女の子らしいマリーの仕草の影も形もない。
細く、か弱いはずの女性の足のはずなのに、退けることができずにいた。
「自分の都合が全て通ると思ってんじゃねえぞ」
感情のない表情で冷酷にマリーは告げる。
圧倒的な強者の表情。
全てを委ねたくなるほどの力強さだった。
だが、ここで引き下がれない。
「————僕には何が足りないんですか!?」
僕は胸に乗せられたマリーの足を必死に掴む。
「教えてください! 僕の戦い方に足りないところを!」
この人に聞けば、この人から学べば—————僕の足りないところが分かる。
直感的にそれが分かった。
このタイミングで、懇願するのは間違いだったかもしれない。
でも、聞かずにはいられなかった。
マリーは少し間を置いた後————口元に笑みを浮かべた。
「————ふん……いいぜ。てめえの身勝手な戦い方を少し矯正してやる」
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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