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第33話 不公平だと思うなら、直談判すればいいじゃない

 修練場の出来事から一夜明け————


 私は少し迷ったが、いつも通り、宿に朝食を用意しにきた。

 こんなことを続けても、特に意味はないと、昨日思い知ったのに。



「いつも朝早くから悪いねぇ」


「いえいえ……」



 宿のオーナーである老夫婦にお礼を言われるが、あまりいい気分じゃない。


 私にできることはこれくらいしかないのだ。

 これくらいしか————



「あ、マリーおはよ〜〜」


「……おはようございます」



 すると、レオナが起きてきて食卓に座る。


 昨日のこともあり、なんだか気まずい。

 彼女の視線から逃れるように、私は朝食の支度の手を早める。


 黙ったままでいると、レオナの方から声をかけてくる。

 空気を読んだのか、彼女の声は普段より少し静かだ。



「昨日はごめんね。きついこと言っちゃったけど、私も勘違いしてたところあったし————」


「いや……いいんです」



 勘違い、と言っている部分は私には分からなかった。

 私が冒険者を真っ当に目指していないというのは、事実だし。



「うーっす、おはよう」


「あ、ラウムおはよ〜〜」



 ラウムが朝風呂を終えて食卓に現れる。

 この二人は勇者一行の中でも早起きな方らしい。


 けれど、いつもの顔ぶれに一人足りないことに気づく。



「そういえばクロは?」



 確かにクロが起きてこない。

 ラウムとレオナとクロ、この三人がこの時間のいつものメンバーだったはずだ。



「そういえば、まだ陽が登ってない時間から鍛錬するって言って、もう出て行ったぞ」



 既に鍛錬に出かけた……?

 朝ご飯も食べずに……?


 焦燥感と衝動が一気に膨らみ、すぐに臨界点に達する。


 私は手に持っていた皿を乱暴にテーブルに置くと、ダッシュで宿を出て修練場に向かった。

 石畳の上を走る足音が朝の静寂を破っていく————





 冒険者修練場。

 昨日と同じ光景。


 朝露に濡れた木々の間から朝日が差し込み、建物を黄金色に染めている。



 そこには————一人で黙々と剣を振っているクロの姿があった。



 大量の汗を流し、背中を濡らした服は肌に張り付いている。

 息を切らし、上下する胸が必死さを物語っているのに、それでも剣を振るう腕は止まらない。

 その刃先から飛び散る水滴が、朝日に照らされて宝石のように輝いている。


 夢のために、誰に命じられるでもなく、誰に見られるでもなく、ただひたすらに努力を重ねる。



 その姿が誰よりも輝いて見えた。

 まるで別の世界の住人のように、この場からクロという存在が浮き出て見えた。



 そして、必死なクロの姿を見ていると、胸が張り裂けそうになるくらい痛くなるのだ。



 誰にも見られず、認められず、それでも努力を続ける姿。


 これ以上見ていたくない。

 見ていたら痛くなるから。



 でも、それに目を奪われるくらいに、彼の姿は美しかった。


 清らかで、純粋で、どこまでも真っ直ぐな意志の結晶。


 この世の何よりも美しい気がした。



 この感情を、私はいつかどこかで体験した気がする。



 胸の奥底から湧き上がる懐かしさと切なさ。

 覚えてないけど、こんな気持ちになった。



 私は拳を握りしめる。

 爪が肉に食い込み、痛みが走るがそれも意に介さない。



 やっぱり、クロが誰にも認められないのは————不公平だ。



 私は大股で宿に戻った。


 怒りと決意が混ざり合い、足取りは重く早い。


 宿の扉を激しく開けた音が大きく響く。

 朝の静寂が破られ、数人の他の客が驚いた顔で振り返った。


 そして、朝食を取るレックスの元に向かう。



「どうしてクロを認めないんですか……?」



 どうしても聞きたかった。

 聞かずにはいられなかった。


 冒険者でない私には、彼の何が悪いのか、全く分からない。



「昨日も言ったはずだ。バディで力を示してもらわなければ認める言葉できないと」


「でも————他のメンバーにはそんな条件なかったと聞いています。どうして今回は私とセットになるのですか?」



 こんな、何もない私と一緒になんて。

 そんなの————無理難題を押し付けているようなものではないか。


 クロの足を引っ張る重りを強制的に付けるようなもの————



「本当は最初から仲間にする気なんてないのでしょう……」



 私は震えながら、そう口にする。

 堤防が決壊し、感情が溢れる寸前だった。



「最初から仲間になんてする気がなくて、裏で私達を嘲っていたのではないですか……!?」


「ちょっと、マリー」


「じゃなきゃ、おかしいじゃないですか! クロはずっとあなたを追いかけてきたんですよね!? それを拒否もせずそのままにして、才能があるんじゃないかと信じ込ませて————最終的に邪魔な私とまとめて放棄するつもりなんでしょ!」



 言いたいことが全て出てきた。

 洪水のように、堰を切ったように言葉が溢れる。


 どうしてこんなに心が荒れる。

 クロが一人で鍛錬している姿を見ただけなのに。



 ただ————どうしようもなく。


 不公平だと思ったんだ。



「————今日は失礼します」


「あ、ちょっと!」



 レックスの返事も聞かず、私はその場を出て行ってしまった。

 足が勝手に動き、扉を開け、外の空気を肌に感じる。


 あの人は分からずやだ。

 どれだけ頼み込んでも、情に訴えても、あの勇者の考えは変わらない。



 私がどれだけ媚を売っても、何も感じない。

 クロがどれだけ強くなっても、認められない。



 こうなったら————



 勇者の弱みを掴んでやる。


 もうそれしかない。



 勇者が私の言いなりになれば、問題は全て解決するのだから。




 *




「————行っちまったな……」



 ラウムが頭を掻きながら、ううむと唸る。

 レオナも浮かない顔をしており、食卓は嵐の過ぎ去った後のように静かになっていた。



「レックス……色々言われてたけど、大丈夫?」


「問題ない」


「相変わらずね……」



 当の本人は、涼しい顔をしながら、朝食を食べ続けている。

 その動きには乱れがなく、先ほどの騒動など何もなかったかのように見えるほどだ。



「————実際、どうなんだ? クロとマリーのことは」



 ラウムは疑問を口にする。

 マリーは感情的になっていたが、パーティメンバーから見ても、今回のレックスの判断は合理性に欠けているように思える。


 マリーの別人格が目当てでないのなら、尚更だ。



「レックス、お前は二人のことをどう考えているんだ? あいつらに一体何を見ている?」



 ラウムは真剣な表情で、レックスに尋ねた。

 その大きな体を食卓に乗り出させ、答えを待つ。


 そして————レックスは朝食の最後の一口を食べ終わり、合掌をした。



「————ふむ……今日の朝食もおいしかったな。この街に来てから栄養バランスが取れた食事ができていて、ありがたいよ」


「お、おう……」



 レックスはコーヒーを飲みながら、ラウムの方に向き直る。



「あるぞ。あいつらには、お前達にはない才能がちゃんとある」


「そうなの!?」



 レオナが食いつく。

 椅子から身を乗り出し、目を輝かせている。


 レックスは笑みを浮かべ、カップを置く音が静かに響いた。




「あの二人の才能は————」




読んでくださりありがとうございます。



主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。

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